キッチン、バス、トイレ付きの単身用住居8戸、2人用4戸。共用室と和室、共有の浴室もある。基本はそれぞれ自由に暮らし、可能な範囲で助け合う。畑で野菜を作る計画も。将来の要介護状態も想定し、近隣の訪問医や訪問看護の事業所などとも連携する予定だ。

 民謡が趣味だという小澤さん。川崎では地元の民謡の保存会のメンバーで、地元に民謡仲間も多いのだが、

「山武にも地元の民謡があるようだから、まずはそれをきっかけに仲間づくりから始めたいね」

 最後に、入念な準備を重ね、おひとりさまの理想の老後といえる暮らしを実践している例を紹介しよう。

 ジャーナリストの川名紀美さん(68)。長女(39)がアメリカに住むおひとりさまだ。「ずっと働いて、今シングル」という共通項を持つ女性の友人6人とともに兵庫県尼崎市の新築マンションに移り住んで7年。それぞれが別の部屋で、自由に毎日を過ごす「近居」のスタイルを楽しんでいる。

 近居の大切さを切実に感じたのは、20年前の阪神・淡路大震災だった。当時は兵庫県西宮市に住み、自宅も被災したが、新聞記者として連日取材に駆け回った。倒れた家具の下敷きになった人たちが大勢いた。

「近隣でいい関係を築いている方たちは早めに助け出されて生存率が高かった。たまたま出張中で助かりましたが、仕事優先で近所づきあいに疎かった私は、自宅にいたら今ごろ生きていなかったはずです」

 10年後。仕事の縁で出会った女性から声がかかった。「老後を楽しく豊かに暮らすために、仲間を募って近居しよう」という。それはまさに川名さんが震災時から温め続けていたことだった。初対面の人もいたが、何度も勉強会を開き、構想を練り、目標に向かう中で絆を深めていったという。

 7人のうち川名さんが最年少で、最年長が79歳だ。ライフスタイルは一人ひとり違う。「本音で付き合う」「介護が必要になったら、公的サービスを利用する」など、長く快適に過ごすためのルールがあるほか、鍵を持ち合って、留守の間は育てている植物の水やりなどをする。2カ月に1回仲間たちと読書会を開き、毎月1度は地域の人たちを招いてサロンを催し、交流の輪を広げている。

「退職してから介護が必要になるまでって、意外と長い。その間をどう豊かに暮らせばいいか。ロールモデルがないなら、私たちが実験してみようと思ったんです」(川名さん)

 平均寿命100歳も現実味を帯びる時代。もはや“余生”はない。終のすみかは自分でつくる。そんな気概で人生の終盤を迎えるべき時が来ているのだろう。

週刊朝日 2015年10月9日号より抜粋

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