
ハービー・ハンコックがマイルス・バンドを率いて大活躍
Miles Davis Band With Herbie Hancock (Cool Jazz)
マイルス・デイヴィスのコンサートに行って、もし「本日は急病のためマイルス・デイヴィスは出演いたしません」などというアナウンスを聞いたとしたら、どんな感じになるだろう。もちろん落胆、失望、怒り等が一体となった感情に突き動かされるだろうが、「どうせなら中止にしてチケット代、返してくれないかな」と思うのではないだろうか。
ところが、です。コンサートは中止されず、ピンチヒッターがマイルスの代わりに出演するとなった場合、誰なら許せるだろう。つまりコンサートはマイルス抜きで行なわれることが決定している。したがってチケット代は返ってこない。あるいは抗議すれば返金されるかもしれないが、せっかく会場まで来たのだから、すごすご帰るのもシャクにさわる。
ウエイン・ショーターだろうか。しかしここですでにマイルス・バンドにはサックスがいることに留意しなければならない。ウォレス・ルーニーだろうか。たしかに理屈には合っている。しかし「合いすぎ」ではないか。それにあんまり聴きたいとは思わない。同じトランペッターならウイントン・マルサリスが聴きたいが、まさかマイルス・バンドに入るわけにもいかないだろう。ではハービー・ハンコックならどうか。バンドにはシンセサイザーがいるが(アダム・ホルツマン)、ハンコックがキーボードに徹するなら重ならない。それにハンコックの場合、マイルスのサウンドを模して出すこともできる。そしてマイルス者であればあるほど、ハンコックなら「それは面白そうだ」と、ほぼ無条件で許せるのではないだろうか。
1988年11月のローマでは、そのような事態が起きていたということを、このCDが登場するまで知らなかったわけですが、じつに興味深くも面白いことがハプニングしていたのです。マイルスが体調を崩し、コンサートで演奏できなくなった。いつの段階でそのように決まったのか不明ながら、主催者が困ったことは容易に察しがつく。おそらく最初はマイルスが抜けた状態、すなわちバンドだけでのコンサートが考えられたのだろうが、幸運にもハンコックがピンチヒッター可能となり、ここに夢のようなコンサートが実現してしまう。
ハンコックがマイルスの代わりにリーダーとなり、マイルス・バンドとともに演奏するわけです。しかもハンコックのレパートリーではない、マイルスのレパートリーを演奏する。これが面白い。いや、予想を超えて「マイルスの不在」を感じさせない。まるでマイルスが吹いているように聴こえる瞬間が続出する。うーむ、ハンコック、恐るべし。これはジャズ史上最も珍なるライヴ記録ではないだろうか。というわけで、また来週。
【収録曲一覧】
1 Full Nelson (incomplete)
2 The Senate / Me And You
3 Human Nature (incomplete)
4 Tutu
5 Splatch
6 Tomaas
(1 cd)
Herbie Hancock (key) Kenny Garrett (as, fl) Adam Holzman (synth) Foley (lead-b) Benny Rietveld (elb) Ricky Wellman (ds) Marilyn Mazur (per)
1988/11/? (Rome)

