ステージが上がり、治療期間が延びれば延びるほど医療費の負担額は増えていくがん治療。高額療養費制度や民間保険の給付金などで戻るお金を差し引くと、実質的な負担は、年間平均24万円で収まる。「思ったよりも治療費が安い」と感じる人もいるかもしれないが、実際にはそう単純ではないのだ。
NPO法人「がんと暮らしを考える会」理事長で看護師の賢見卓也さんは、「治療費の負担は、働く世代のがん患者に、重くのしかかっています」と話す。収入が減ったとしても、支出の多くを占める決まった支出は、子どもの学費や住宅ローンなので、金額を圧縮できないことがわかる。結局変動する支出(光熱費、食費など)や貯蓄、その他にかかる費用を圧縮せざるを得なくなり、「生活が苦しくなった」と痛感するのだ。
「がんになる前はうまくバランスがとれていたものが、がん治療によって収支バランスが崩れることが最大の問題です。なかには決まった支出を切り崩し、子どもの進路を見直す家庭もあります」(賢見さん)
ファイナンシャルプランナーの黒田尚子さんは「子育て世代は、1千万円の貯蓄があっても安心できない」と強調する。黒田さんのシミュレーションによると、子ども2人(中学生・高校生)と専業主婦(パート)の家族をもつ男性(年収650万円ほど)にがんが見つかって治療を開始した場合、収入は見込みで1~3割減る。その中で教育費と住宅ローンを同様に支払い続けた場合、「がん保険に加入していなければ5年後には貯蓄が底をつく」と言う。がん保険に加入していても、5年後に再発などが見つかると7年後には貯金はなくなってしまうそうだ。
「働く世代ががんになった場合、いかに仕事を続けるか、収入を絶やさないかを第一に考える必要があります」(黒田さん)
では実際に、どの程度の人が仕事を辞めているのだろうか。国立がん研究センター東病院の坂本はと恵さんは「就労年齢のがん患者だけで調べると、約35%が仕事を辞めるというデータがある」と言う。
「どの段階で辞めているかは現在調査中ですが、当院の患者さん188人を対象にお聞きしたところ、約6%が初診の段階で退職していることがわかりました。なかには根治を目指せることもあるので、もったいないと感じます」
とはいえ「辞めない」という選択ができないケースも。
前出の賢見さんは、「最近は、自営業者、フリーランスといった個人事業者だけではなく、契約社員や派遣社員といった就労基盤が不安定な人たちが増え、契約更新できず困窮する人もいます」と話す。60歳から65歳未満の世代ががんになると、年金の繰り上げ受給を検討するケースもある。
「就労形態でリスクの大きさが変わってきます。できればがんが見つかる前から備えをしたいものです」(賢見さん)
厚生労働省も、働きながらがん治療ができるための支援に力を入れ始めている。たとえばがん診療連携拠点病院のがん相談支援センターに社会保険労務士や産業カウンセラーを週1日配置し、仕事に関する相談などができるよう整備が始まった。不安を感じたら、相談するとよいだろう。
※週刊朝日 2015年9月11日号より抜粋