発表した当時、社会現象となった「曽根崎心中」。次世代を担う文楽太夫の一人、豊竹咲甫大夫さんがその魅力を紹介する。

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■「早う殺して早う殺して」

「曽根崎心中」は、醬油屋の手代だった徳兵衛と遊女のお初が大坂の曽根崎で心中する有名な作品です。

 個人的には数年前から曽根崎心中ブームが起きていると思っています。二〇一一年に現代美術家の杉本博司さんが初演当初の原文で上演。翌年、三谷幸喜さんがパロディー版の「其礼成(それなり)心中」を制作。角田光代さんは現代語で小説化、河出書房新社が刊行中の日本文学全集ではいとうせいこうさんが新訳を発表予定です。

 そんななか、毎年六月に大阪・国立文楽劇場で開催する文楽鑑賞教室も今年、曽根崎心中を上演します。

 鑑賞教室は若い世代に楽しんでもらうための公演で、あらすじや文楽の三業(太夫、三味線、人形遣い)の解説があります。中堅や若手が出演するので、力量を必要とする曽根崎心中のような世話物を取り上げるのは珍しいのです。

 午前と午後、日程の前半と後半とで配役が代わるので、毎回新鮮な気持ちでご覧いただけると思います。四時間ある通常公演とは違い、休憩と解説を入れても二時間四十五分と時間もコンパクト。料金も通常よりお求めやすいので、初めて観る方にとっては絶好のチャンスでしょう。特に六月八日と十七日は「社会人のための文楽入門」と題し、開演が午後六時半と遅くなります。

 
 実は作品自体も元々は若い世代に向けて作られたものでした。初演は一七〇三年。四月に大坂で心中事件が起こり、わずか一カ月後に上演されました。それまでの人形浄瑠璃は歴史上の人物や英雄を主人公にした物語が多く、現実味に欠けるところがありました。お客様も高齢化していました。そこで、新しい客層をと考えられたのが、実際に起きた事件を題材にした曽根崎心中だったわけです。

 当時、若い女性の間で大坂の寺社を回る、今でいうパワースポット巡りがはやっていました。原文の冒頭はそうした場面を上手に取り込んでおり、興行は大成功。巷では十代後半の娘たちが徳兵衛とお初の心中に憧れて次々と心中。劇場の竹本座で上演が禁止された後も社会現象は収まらず、心中したカップルには葬儀をさせない法律まで作られたそうですから、曽根崎心中は国の政治を動かすほどの衝撃度だったといえます。

 なぜ、曽根崎心中がそこまで共感を得られたのか。それは、作者近松門左衛門の描く悪や悲劇が、登場人物一人ひとりの心の弱さから生まれているからだと私は考えます。例えば、徳兵衛から大金を騙し取った友人の九平次はお金があってもお初に想いが伝わらない。お初にしても身請けの金を出してくれる人はいるが、意中の徳兵衛とは幸せになれない。人によって善玉悪玉がいるのではなく、一人の人の心の中にその両面があるから、観る側も感情移入しやすかったのでしょう。

 最後の心中場面では、二人は帯で体を一つに結び、お初が冒頭の言葉を徳兵衛に伝えます。死への覚悟とともに「これであなたと一緒になれる」という悦びが背中からにじみます。多くの人が胸を打たれることでしょう。

豊竹咲甫大夫(とよたけ・さきほだゆう) 
1975年、大阪市生まれ。83年、豊竹咲大夫に入門。今回の「曽根崎心中」では天神森の段のお初や生玉社前の段を務める(配役は公演日による)。

※「曽根崎心中」は6月5~18日、大阪・国立文楽劇場。開演は午前10時半と午後2時(8日と17日は午後6時半)。配役の詳細はticket.ntj.jac.go.jpで。

(構成・嶋 浩一郎、福山嵩朗)

週刊朝日 2015年6月5日号