ジャーナリストの田原総一朗氏は、安倍首相の今回の中東歴訪は配慮が足りなかったとこう語る。

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 この原稿を書いているのは1月29日の午後11時である。この日午前8時前に、後藤健二氏とみられる男性の音声メッセージで、日本時間29日深夜までと期限を設定して、ヨルダンで収監中のサジダ・リシャウィ死刑囚と後藤氏との交換を求めてきた。この期限までにリシャウィをトルコ国境に連れてこなければ、ヨルダン人パイロットのムアーズ・カサースベ氏は即座に殺害されるというのである。

 イスラム国が最初のメッセージをインターネットで発信したのは1月20日午後2時50分で、湯川遥菜氏と後藤氏を解放するために、72時間以内に2億ドル(約235億円)を支払えと求めていた。このときは両氏を映した動画が示されていた。

 なぜ、イスラム国はこの時期に2人の身代金として2億ドルを要求したのか。

「日本の首相へ。日本はイスラム国から8500キロ以上も離れていながら、進んで十字軍に参加した。われわれの女性や子どもを殺害するのに、そしてイスラム教徒の家を破壊するのに、得意げに1億ドルを提供した。従って、この日本人の命には1億ドルかかる。そしてまた、イスラム国の拡大を止めるために、イスラム戦士と戦う背教者を養成するのに1億ドルを提供した。それで、こっちの日本人の命には別にもう1億ドルかかる」

 これが、ビデオ声明文である。

 安倍晋三首相は、1月16日からエジプト、ヨルダン、イスラエル、パレスチナ自治政府などを歴訪した。もちろんこの歴訪は「十字軍」などではなく、非軍事的に中東各国との親交を深めるのが目的であり、2億ドルもイラクやシリアを追われた避難民に対する人道支援のために提供したのであって、イスラム国のビデオ声明は明らかに筋違いである。

 だが、湯川氏がイスラム国に捕らえられたのは昨年8月であり、後藤氏がシリアで消息を絶ったのは10月だ。今年1月初めにはイスラム国は身代金として約20億円を要求してきている。政府はそのことを百も承知していたはずである。

 エジプトやヨルダンは中東の中でも突出した親米国であり、イスラム国から嫌悪されている国である。そのうえ安倍首相はイスラエルのネタニヤフ首相と会談し、イスラエルの旗をバックに固く握手して、「テロ対策に連携する」と述べた映像がユーチューブで全世界にばらまかれた。この映像は当然ながらイスラム各国の反発を呼ぶはずである。もちろん、イスラム国を強く刺激したに違いない。もっと言えば、イスラム国にとって、安倍首相の今回の中東歴訪が、日本に脅しをかける絶好のカードとなってしまったのではないか。

 湯川、後藤両氏がイスラム国に捕らえられ、しかも後藤氏が身代金を要求されていると知りながら、イスラム国が嫌がっている中東の国々を訪ね、イスラエルの首相と会談したのは、あまりにも配慮が足りなかったのではないか。外務省は、官邸に予定を変えることを申し入れなかったのか。

 新聞各紙に、今回の安倍首相の中東歴訪とイスラム国の恫喝を結び付けて批判する報道がないので、どうしたのかと思っていたら、週刊朝日が「安倍外交 慢心と誤算」、サンデー毎日が「イスラム国の卑劣を侮った『安倍外交の誤算』」という特集を組んだ。週刊誌の存在理由を示したわけで、よくぞやったとあらためて評価したい。

週刊朝日 2015年2月13日号