ジャーナリストの田原総一朗氏は、フランスで起きた新聞社の襲撃テロ事件と、このテロを非難した大規模デモについてこういう。

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 風刺画を売り物とするフランスの週刊新聞「シャルリー・エブド」の本社が1月7日、テロリストたちに襲撃され、発行人をはじめ12人が殺害された。

「シャルリー・エブド」はイスラム教の預言者ムハンマドの強烈な風刺画などを掲載して、これまでもイスラム過激派から脅しを受けていたのだそうだ。

 テロリストたちはイスラム系の国からフランスに移民してきて、フランスで育った人間たちであった。

 もちろん、表現の自由がテロによって封殺されるのはとんでもないことだ。それにしても、この事件を報じている記事で「ホームグロウン・テロ」という言葉を知って衝撃を受けた。自国育ちのテロという意味である。「シャルリー・エブド」を襲ったテロリストたちは、イエメンを拠点とするイスラム過激派(アラビア半島のアルカイダ・AQAP)の戦闘訓練を受けていたというのだ。

 現在、中東の国々を悩ませている「イスラム国」には、フランスやイギリス、ドイツなどヨーロッパの国々から3千人以上の若い人間たちが参加しているということだ。「シャルリー・エブド」を襲ったテロリストたちのように、イスラム圏からの移民の子供たちである。

 彼らの多くは、それぞれの国で差別され、職に就くこともままならず、強い不満を持たざるを得ない生活を強いられている。そうした不満、それゆえの憤りが「イスラム国」に向かわせるのだろう。それだけではなく、最近はインターネットを通じても「イスラム国」の巧みな勧誘工作が行われているようである。

「イスラム国」にどんな展望があるのか、私には見当がつかない。イスラムの大義を掲げてはいるが、実態はイラクやシリアの体制をぶち壊そうとしているテロ集団だとしか思えない。だが、現実性のない大義を掲げて、文字どおり「生命をかけて」闘っていることが、疎外感を抱いているヨーロッパのイスラム系の若者たちの吸引力になっているのではないのか。そして彼らは、自分の育った国に戻ると「ホームグロウン・テロ」を敢行するのではないかと警戒されている。今回の「シャルリー・エブド」襲撃は、その典型だといえるだろう。

 ところで、もしも日本でこのようなテロ事件が起きたら、イスラム過激派を刺激するのを恐れて、「さわらぬ神にたたりなし」で済ませようとするのではないか。

 しかし、フランスは違った。1月11日にフランス全土でテロ事件への抗議と犠牲者を追悼するための大規模なデモが行われた。パリでのデモはフランスのオランド大統領、ドイツのメルケル首相、イギリスのキャメロン首相、イスラエルのネタニヤフ首相、そしてパレスチナ自治政府のアッバス議長なども参加して約200万人、フランス全土では370万人に上った。

「表現の自由」は、いかなる暴力にも、そして権威にも屈しない。イスラムの世界ではムハンマドの風刺画は権威の冒涜(ぼうとく)にあたるのかもしれないが、「表現の自由」は断固守るという、フランス革命以来の強烈な価値観をあらためて感じた。「シャルリー・エブド」は、事件以後初となる14日発売号の1面に再び預言者ムハンマドの風刺画を掲載し、しかも通常は5万部前後だが、なんと300万部を完売し、さらに200万部を増刷するということだ。

週刊朝日 2015年1月30日号

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田原総一朗

田原総一朗

田原総一朗(たはら・そういちろう)/1934年、滋賀県生まれ。60年、早稲田大学卒業後、岩波映画製作所に入社。64年、東京12チャンネル(現テレビ東京)に開局とともに入社。77年にフリーに。テレビ朝日系『朝まで生テレビ!』『サンデープロジェクト』でテレビジャーナリズムの新しい地平を拓く。98年、戦後の放送ジャーナリスト1人を選ぶ城戸又一賞を受賞。早稲田大学特命教授を歴任する(2017年3月まで)。 現在、「大隈塾」塾頭を務める。『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系)、『激論!クロスファイア』(BS朝日)の司会をはじめ、テレビ・ラジオの出演多数

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