島津製作所の田中所長 (c)朝日新聞社 @@写禁
島津製作所の田中所長 (c)朝日新聞社 @@写禁

「20世紀における偉大な発見」と評される抗生薬ペニシリンの発見から80年あまり。人類はさまざまな治療法を考え出し、私たちの健康や長寿に貢献してきた。そしていま、世界各国の最大の関心事となっているのが、認知症に対する治療だ。果たして「認知症が治る日」は来るのか。最先端の研究に迫った──。

 アルツハイマー型認知症では、まず脳にアミロイドβというタンパクが蓄積し、そのあとからタウというタンパクがたまりだし、神経細胞が壊れて脳が萎縮していく。したがって、この「アミロイドβ」と「タウ」という二つのタンパクを、いかに早く見つけて、ためないようにするかが、治療のカギとなる。

 各国の研究者がしのぎを削るなか、日本から“世界初”となる研究結果が2013年、14年と相次いで報告された。一つは、「ほんの少量の血液で、アルツハイマー型認知症が発症する前にアミロイドβの蓄積を検出する方法」、もう一つは、「人間の脳でタウのたまり具合を可視化する方法」だ。

 前者は、14年11月に発表されたもので、02年にノーベル化学賞を受賞した島津製作所(京都市)の田中耕一氏(シニアフェロー)が所長として率いる開発グループと、国立長寿医療研究センター(愛知県大府市)の共同研究によって生み出された。国立長寿医療研究センターが収集した血液を、田中氏の質量分析システムを用いて解析した。

 具体的に、どんな研究が行われたのか、同センター認知症先進医療開発センター長の柳澤勝彦氏は、こう説明する。

「まず、脳にたまったアミロイドβを可視化できる『アミロイドPET』(後述)を用いて、被験者の高齢者の脳を撮影し、アミロイドβの蓄積がみられるグループと、蓄積がみられないグループに分けました。そして、被験者から採取した血液のなかの血漿成分(赤血球、白血球、血小板を除いた透明な成分)を、島津製作所にある質量分析システムにかけ、その解析結果を両グループで比較検討したのです」

 すると、蓄積がみられた高齢者の血液データと、蓄積がみられなかった高齢者の血液データとでは、その結果に決定的な違いがあることがわかった。アミロイドβとそれに関連するタンパクの比が、アミロイドβが蓄積しているグループと蓄積していないグループとで、違っていたのだ。

 血漿のなかには、病気の手掛かりとなるさまざまな情報が含まれている。そのため、アルツハイマー型認知症の発症につながる情報もあるのではないかと、世界各国の研究者が研究していた。しかし、これまで多様な方法が試みられたが、関係する情報をうまく抽出することができずにいた。

「血液から発症に関連する物質を取り出すのは不可能だと、私も含め、多くの研究者は思っていました」(柳澤氏)

 しかし、田中氏らが開発したシステムは違っていた。「すでに田中所長は、ご自身の開発した質量分析の性能を向上させており、血漿中のアミロイドβに関係するタンパクの解析を進めていました」(同)

 実は、これまでも脳にたまったアミロイドβを検出する方法はあった。「アミロイドPET検査」「脳脊髄液検査」だ。

 アミロイドPET検査は、がんのPET検査のように、蓄積したアミロイドβに結合する薬剤を静脈注射して、専用の陽電子放射断層撮影装置(PET装置)で撮影するもの。脳脊髄液検査のほうは、脳と脊髄の外側を流れる透明な液体、脳脊髄液を採取して、アミロイドβの濃度を調べるというものだ。

「いずれもアミロイドβの蓄積量がある程度、客観的に示される有用性の高い検査です。その一方、アミロイドPET検査の薬剤は、サイクロトロンという、放射線を発生させる大掛かりな装置で毎回、作らなければなりませんし、PET検査用の機器も必要です。1回の検査に10万円以上かかってしまいます」(同)

 脳脊髄液検査のほうは、局所麻酔をしてから、背骨の奥まで注射針を刺して脳脊髄液を採取する必要がある。侵襲があり検査を受ける高齢者には負担だ。

「今回報告した診断法は、わずか0.5ccの血液でアミロイドβの蓄積の有無が判別可能です。将来、簡便に分析できる検査システムが登場すれば、安く、安全に、簡単に検査を受けることができるようになる。田中所長は記者会見で『健康診断で使えるようにしたい』と話していましたが、それも夢ではないと思います」(同)

 この技術が実用化されるまでは、「さらに5年以上基礎研究を続ける必要がある」(記者会見での田中氏の発言)とのこと。柳澤氏も、

「今後は500人、千人の試料を解析し、今回の結果を検証する必要があるでしょう。また、早期診断は早期治療や予防と一体化して、はじめて意味があるもの。そちらの開発を急がなければなりません」

 と話している。

週刊朝日  2015年1月2-9日号より抜粋