『洪水 ライヴ・イン・ジャパン'75』ハービー・ハンコック
『洪水 ライヴ・イン・ジャパン'75』ハービー・ハンコック

 1975年6月、ハービー・ハンコック(ピアノ、キーボード)は信仰に関わる私的来日は別にして3度目の来日を果たす。意外に少ないがマイルス・グループに加わっての初来日(1964年7月)からグループを率いての再来日(1974年7月)まで10年も空いていた。その再来日も『ヘッド・ハンターズ』(1973年/Columbia)の空前のヒットがあったればこそだろう。我がファンは初来日後の新主流派の旗手で鳴らした時代とエレクトリック・フリーの時代をライヴで体験することなく、一足飛びにエレクトリック・ファンク路線に転じたハービーにふれたわけだ。前年に来日したベニー・モウピン(ソプラノ、テナー、サクセロ、フルート、パーカッション)、ポール・ジャクソン(エレクトリック・ベース)、マイク・クラーク(ドラムス)、ビル・サマーズ(コンガ、パーカッション)は不動で、ファンク畑からブラックバード・マクナイト(エレクトリック・ギター)が加わっていた。

 これは初のライヴ作だ。このあとの公式ライヴで純粋に自己名義と呼べるのは『ニューポートの追想』(1976年/同)と『ディレクションズ・イン・ミュージック』(2001年/Verve)くらいしかない。それに加えてハービーが凄味を発揮したことでも貴重な記録だ。最初はLP二枚組で我が国でのみ発表され、その後も2006年の米盤を除いて我が国でのみ出されてきた。ハービーの生涯をも代表するライヴ名盤は我々が独占してきたに等しい。アコースティック・サイドの《処女航海》は『処女航海』(1965年/Blue Note)から、《アクチュアル・プルーフ》は『突撃』(1974年/Columbia)から、ファンク・サイドの《スパンク・ア・リー》《バタフライ》も『突撃』から、新《ウォーターメロン・マン》《カメレオン》は『ヘッド・ハンターズ』から選ばれ、《ハング・アップ・ユア・ハング・アップス》は帰国後に録音され新作『マン・チャイルド』(1975年/同)に収められた。

 幕開けは《処女航海》、ソロ・ピアノが延々と続く。水面のきらめきを思わせる知的でクールな快演がピークに達したあとフルートとリズム隊が加わってテーマをひとしきり、そのまま《アクチュアル・プルーフ》に滑り込む。フルートが導くアンサンブルのあと、ハービーが独走態勢に入る。アグレッシヴなんてもんじゃない。ジャクソンとクラークが付かず離れず絶妙の呼吸で絡むなか、めくるめくパッセージを奔流さながらに繰り出して鳥肌ものだ。これ一曲で買っても損はない。ハービーの凄味が知れる生涯屈指の名演だ。《スパンク・ア・リー》はリズム隊が先発、モウピンがテナーでファンキーに歌いあげ、ハービーのご機嫌なコンプが加わると次第にヒートアップ、上々のテナー・ソロが続く。ホイッスルが始まると歓声が沸く《ウォーターメロン・マン》はモウピンをフィーチャー(エッヂの立ったソノリティからサクセロでは)、ハービーの出番がなくて物足りない。

 ハービーの滑らかな日本語の挨拶に続く《バタフライ》はエレピのイントロに始まり、モウピンがソプラノとバスクラの同時吹奏でテーマを奏し、エレピのロングソロが続く。最初は優美に漂い、次に妖しい夢の中を彷徨い、最後はファンク色を強めて軽やかに歩むイマジナティヴな快演だ。エレベがヴァンプを始めると再び歓声が沸く《カメレオン》はイントロかと思ったヴァンプを繰り返す。グルーヴ本位、これはこれでご機嫌な演奏だ。いかにもシンセなソロ(というよりミサイルや洪水を思わせるエフェクト)は古臭いが。ラストの《ハング・アップ》はリズム隊が先発、マクナイトのカッティングが心地よい。アンサンブルを経てハービーが先発、これも凄いことに。淀みなし、知的でクールなのにファンキーでホット、個性全開の名演だ。モウピンのソロ(これもサクセロでは)を経てグループは怒涛の勢いで終曲に向かう。再び日本語で謝辞、名コンサートの幕が降りる。

Flood / Herbie Hancock (Sony [CBS/Sony])

Recorded At Shibuya Koukaido on June 28, Nakano Sun Plaza on July 1, Tokyo, 1975.

1. Introduction/Maiden Voyage 2. Actual Proof 3. Spank-A-Lee 4. Watermelon Man 5. Butterfly 6. Chameleon 7. Hang Up Your Hang Ups

Herbie Hancock (p, el-p, clavinet, syn), Bennie Maupin (ss, ts, saxello, bcl, fl, per), Blackbird McKnight (el-g), Paul Jackson (el-b), Mike Clark (ds), Bill Summers (cga, per).

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