広島県福山市在住の伊藤啓子さん(仮名・60歳)は50歳で閉経したにもかかわらず、半年前から、ときどき出血するようになった。量はごくわずかだが、何度も繰り返すため、倉敷成人病センターを受診した。
伊藤さんを診察した同センター副院長の安藤正明医師は問診、内診、経腟超音波検査の後、子宮内の組織を採取して組織診を実施。1週間後、伊藤さんは子宮体がんと診断された。
子宮は入り口にあたる頸部とその奥の体部とがあり、子宮がんも頸部の上皮から発生する子宮頸がんと、体部の内膜から発生する子宮体がんの二つに分けられる。子宮体がんの多くは、エストロゲンという女性ホルモンの刺激が長期間加わり続けることで起こると考えられている。一方、子宮頸がんは性交などによるヒトパピローマウイルスへの感染で起こる場合がほとんど。また子宮頸がんの初期はほとんど無症状だが、子宮体がんの9割は初期から出血するなど、体がんと頸がんでは、原因も症状も異なる。
「子宮体がんの初回の治療は手術が原則ですが、手術の範囲はがんの広がり具合などによって異なります」
と安藤医師は説明する。
がんの進行度を示すのがステージ(病期)ということばだ。子宮体がんの場合、がんの大きさ、子宮筋層内にがんがどの程度深く入っているか、リンパ節や肺などへの転移があるかどうかで、ステージはI~IV期に大きく分けられる。
「悪性度が低く、がんが子宮体部だけにある場合は、子宮と卵巣・卵管を切除すれば治療できます。しかしそれ以上進行している場合は子宮の周囲の組織、骨盤内のリンパ節や傍大動脈(ぼうだいどうみゃく)リンパ節の切除も必要な大手術となります」(安藤医師)
初期の子宮体がんの治療では、2014年4月から、保険診療で腹腔鏡下手術が可能になった。
腹腔鏡下手術はわき腹やへその下など5~7カ所に直径5~11ミリ程度の穴を開け、そこに内視鏡や器具を挿入して手術する。おなかを大きく切開する開腹手術と比べると、傷が小さいので、術後の回復が格段に早いのがメリット。ほとんどの人が手術翌日には歩くことができ、食事がとれるという。また直接手で臓器などに触れないため、その漿膜(=しょうまく、臓器表面の腹膜)を傷つけず、術後の癒着の心配がほとんどない。
倉敷成人病センターは保険診療になる前の1998年から子宮体がんを始めとする婦人科がんの腹腔鏡下手術をおこなってきたパイオニア的存在。子宮体がん400例、子宮頸がん400例と婦人科がんの腹腔鏡下手術数も多い。
「98年以前、私も約10年間、婦人科がんの手術は開腹でおこなっていました。当時、開腹手術では10人に1人ぐらいの割合で合併症の腸閉塞が起こっていましたが、腹腔鏡下手術はそのリスクが減らせるのです」(同)
病気が重症であればあるほど、手術の規模は大きくなり、負担も増す。
「ですからより高度な技術が必要になるとはいえ、重症例の患者さんこそ、腹腔鏡下手術を受ける利点は大きいのです。しかし残念ながら現在、保険適用となるのは子宮体がんのIA期(I期のなかでも早期)だけです」(同)
組織診やCT(コンピューター断層撮影)、MRI(磁気共鳴断層撮影)などで調べた結果、悪性度が低く、がんが子宮の筋層の2分の1以下という大きさでステージはIA期と判断された伊藤さんは、腹腔鏡下手術を受けた。手術にかかった時間は2時間ほど、術後の回復も順調で、7日後に無事退院した。なお、子宮体がんの病期は手術をして、がんがどの程度広がっているか判明した時点で正式に決まる。伊藤さんの進行期分類は術前と変わらずIA期で、術後の化学療法などは不要と判断された。
「腹腔鏡下手術はモニターに映る画面を見ながら器具を操作しておこなうので、一定のトレーニングを積まないと、技術が習得できません。器具の操作を誤って臓器や血管を傷つけると、重大な事態を招く心配もあります。保険で受けられる手術になったからといって、いきなり子宮体がんの手術を腹腔鏡でおこなえる医師が増えるわけではありません。全国の患者さんが同じぐらい質のよい手術を受けられるようにするのが今後の課題でしょう」(同)
日本産科婦人科内視鏡学会の常務理事も務める安藤医師は、質の高い子宮体がんの腹腔鏡下手術の普及を目的に、ワークショップの企画や全国の病院で手術の指導をおこなうなど、啓蒙活動にも力を注いでいる。
※週刊朝日 2014年10月3日号より抜粋