京都大学iPS細胞研究所の山中伸弥所長(52)が2006年に生み出した「夢の細胞」を用いた再生医療が世界で初めて実施された。理化学研究所などのチームがiPS細胞から作った網膜の組織を患者に移植する手術に成功したのだ。山中所長と自身の財団を通じ、支援してきた稲盛和夫・京セラ名誉会長(82)と対談を行った。
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稲盛:iPS細胞技術をめぐる国際的な開発競争は、さぞ熾烈なんだと思いますが、現在、iPS細胞の応用はどこまで進んでいるんですか。
山中:激しい研究開発の競争が医療への応用を推し進めている状態です。再生医療、創薬、病気のメカニズムの解明のそれぞれの分野で、私たちの予想を超えるスピードで、さまざまな技術開発や医学的発見が起きています。山にたとえると、病気の数だけ頂上があると言えますが、それぞれのエキスパートがそれぞれのルートで頂上をめざして登り続けています。再生医療では、神戸の理研などが加齢黄斑変性という眼の病気の患者さんの細胞から作ったiPS細胞由来の網膜色素上皮細胞を、その患者さんにこの9月、移植する手術に成功。これが世界で初めて実施されるiPS細胞技術を使った臨床研究になりました。創薬の面では、いろいろな企業と協力して、iPS細胞から作った病態モデルの細胞を使って、薬剤候補物質のスクリーニングを行っています。既存薬のなかに難病の進行を遅らせるなどの効果があるものがないかについても研究を進めています。
稲盛:医療への応用が一歩一歩、具体的に進んでいるんですね。
山中:独創的な取り組みとして、東大の中内啓光教授のチームは、iPS細胞の技術を使ってブタの体内で人間の臓器を作る実験を計画しています。
稲盛:ほう、そんなことまでできるんですか。
山中:まだ人間のiPS細胞を使っては成功していないんですが、ネズミのモデルでは成功しています。ネズミにはマウスとラットの2種類があり、ラットの膵臓をマウスの体内で作ることに成功していますので、同じ技術を使えば、ブタの体内で人間の膵臓や肝臓といった臓器を作ることは理論的には可能と思います。
稲盛:どうやって作るんですか。
山中:中内教授のチームが計画している実験は、まず特定の臓器が欠けるよう操作したブタの受精卵(胚)に、ヒトのiPS細胞を移植して「動物性集合胚」(動物の胚にヒトの細胞を入れてできる胚)を作り、それをブタの子宮に着床させるというものです。欠けた臓器の場所にヒトの細胞からできた臓器を持つブタが生まれれば、その臓器を将来、移植医療や新薬の開発に応用できる可能性があります。日本では動物の受精卵にヒトの細胞を入れて子宮に戻すのは、研究指針で禁止されていましたが、13年夏、中内教授の研究を踏まえて、政府の生命倫理専門調査会が基礎研究は条件付きで容認しました。議論は始まりましたが、生命倫理の議論は時間がかかりそうです。
※週刊朝日 2014年10月3日号より抜粋