ドラマ評論家の成馬零一氏は、現在放送中の広末涼子主演ドラマについて解説する。

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 広末涼子が悪女を演じる。しかも、タイトルが『聖女』。ドラマはキャスティングが命だが、これで9割は勝ったも同然だろう。8月19日からNHK火曜日夜10時枠でスタートした。

 物語は、広末涼子演じる肘井基子が連続殺人の容疑で逮捕されるところからはじまる。若手弁護士の中村晴樹(永山絢斗)は彼女の姿を見て驚く。10年前に突然、姿を消した緒沢まりあと瓜二つだったからだ。

 まりあは晴樹の高校時代の家庭教師。彼女から言われた「東大に入っていっぱい勉強して、誰にも見下されない立派な大人になって、私を恋人にして」という言葉は、今でも胸に刻まれて、ほろ苦い思い出となっていた。しかし彼女の名前は基子。まりあは偽名だったのだろうか。やがて、弁護を引き受けることになった晴樹は、拘置所に基子を訪ねる。

 果たして、彼女はまりあなのか?そして、本当に人を殺したのか?

 脚本は、『ランチの女王』や『きみはペット』でポップな恋愛ドラマを描いてきた大森美香。明るいラブコメ的な世界観の中に、男女の性意識を揺るがす毒を隠し味として忍ばせてきたが、『セカンドバージン』や『はつ恋』で女の欲望を描いてきた舞台に立つことで、隠し味だった“毒”がむきだしとなっている。

 おそらく、まりあは、ハードボイルド小説における主人公を翻弄するファム・ファタール(運命の女)なのだろう。彼女によって人生を狂わされた男たちと、そんな男たちを利用して生きてきた彼女の人生が今後は描かれるのだろうと予感させる。

 それにしても、1990年代後半に思春期を過ごした男子にとって、広末涼子は、まさにファム・ファタール的存在のアイドルだった。当時は、援助交際をする女子高生がマスメディアでは持ちきりで、男の子の幻想を受け止めてくれる清純派アイドルは壊滅状態。そんななか、颯爽と現れたのが広末だ。

『ヤングジャンプ』のグラビアに陸上部の短パン姿で登場した広末は、性を感じさせない中性的な魅力で、同世代の女子高生に絶望していた男たちから圧倒的な支持を受ける。ドコモのポケベルを筆頭とするCMが主な活動拠点だったことも、他のタレントとは違う聖性を与えていた。

 その後、広末は、吉永小百合の路線を引き継ぐように早稲田大学に進学。麻雀でいうところの役満状態の完璧な進路だ。しかし、同時期に男性モデルとの交際が報じられ、ドラマ『できちゃった結婚』の撮影中には酔っ払っての奇行がワイドショーで話題に。その後、女優に専念するために早稲田大学も退学。そして23歳の時にドラマのように「できちゃった結婚」をして長男を出産。

 しかし、27歳で離婚。30歳の時にキャンドルアーティストのCandle JUNEと再婚して次男を出産するも、最近は俳優の佐藤健との浮気報道があり……デビュー当時の中性的な魅力はどこへやらの奔放な性を謳歌しており、その度に、あの頃の広末が好きだった男たちは死にたい気持ちになるのだ。

 しかし、人気失墜となってもおかしくないことを繰り返しながらも、イメージダウンとならず、女優としてはキャリアアップし続けてきたのが広末の凄いところだろう。

 多くの人々を惑わしながらも、女優として最前線で活躍する広末は悪女なのか? それとも聖女なのか?

 あの頃の広末に人生を狂わされた男にこそ、見てほしいドラマだ。

週刊朝日  2014年9月5日号

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