作家の室井佑月氏は、平和記念式典での安倍晋三首相の挨拶が昨年と同じ内容だった騒動をこういう。

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 X JAPANのToshlさんと番組でご一緒した。Toshlさんの波瀾万丈な人生を追うというかたちで番組は構成されていた。

 Toshlさんといえば、自己啓発セミナー団体による洗脳事件だ。彼がどのようにして洗脳されていったのかが再現VTRで流された。

 VTRが流れている間、Toshlさんは具合が悪そうだった。それでも彼はスタジオに居つづけ、洗脳の恐ろしさを語った。有名人の自分がカルト的な集団に属してしまった。自分は被害者であるけど、加害者でもある――。その事実が彼を深く悩ませているみたいだ。

 そして、最後に彼は歌をうたった。X JAPANのヒット曲だ。何度も聞いたことがある歌だったのに、あたしは涙が出そうになった。

 番組の前半で彼の波瀾万丈な人生を聞いたからじゃない。自分は幸せになってはいけない、だけどみんなは幸せになって欲しい、そんな切ない彼の気持ちが伝わってきたからだ。

 それからあたしは、広島の平和記念式典と長崎の平和祈念式典での安倍首相の挨拶が昨年のコピーだと騒がれていることについて考えてみた。

 安倍さんの気持ちが変わらないのだから、おなじ挨拶でも問題ないではないかという人もいる。けど、あたしはそこじゃないと思う。安倍さんがあたしたちに伝えたい、という心を持っているのかを問いたい。

 なぜ6日の広島で昨年のコピーのような挨拶が問題となったのに、9日の長崎でもおなじことができるのだ。問題になったのは、そのことに対し、不快に思う国民がたくさんいたからではないのか。彼はどこの誰に向かってスピーチをしていたのか。決められた行事に参加しただけ、決められたスピーチをただ述べただけなのか。

 10日付の東京新聞によると、9日の長崎平和祈念式典の出席者のスピーチは、今の政府に批判的であった。被爆地の懸念があらわになったという。また、同日の新聞によれば、安倍さんが9日、被爆者団体代表と長崎市内のホテルで意見交換した際、出席者から、

「集団的自衛権については納得していませんから」

 と声があがると、

「見解の相違ですね」

 といって、しれっとして立ち去ったみたいだ。

 安倍さんは、この国の政策で国民から疑問や不安の声があがると、「丁寧に説明をしていきたい」と答える。まさか、その説明って、「見解の相違」って一言だったりするの?

 被爆者代表の城台美弥子さんのスピーチが、すばらしかった。彼女は国民の代表として、安倍さんに丁寧に疑問を投げかけていた。

 それがどんなに勇気のいることか。ほんの少しでいいから、そういうことを安倍さんに想像してもらいたい。それができそうもない、するつもりもなさそうなところが、国民は怖いのだ。

週刊朝日  2014年8月29日号

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室井佑月

室井佑月

室井佑月(むろい・ゆづき)/作家。1970年、青森県生まれ。「小説新潮」誌の「読者による性の小説」に入選し作家デビュー。テレビ・コメンテーターとしても活躍。「しがみつく女」をまとめた「この国は、変われないの?」(新日本出版社)が発売中

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