世界中のアーティストに強い影響を与え、“神様”と呼ばれる男、ボブ・ディラン(72)。前回公演で一緒にライブに行ったという、ミュージシャン・泉谷しげる氏と漫画家・浦沢直樹氏が、痛快なディラン論を繰り広げた。
* * *
浦沢:「ボブ・ディランを知らない人にもわかりやすく」という企画なんだけど、担当編集者もよくわかっていないの(笑)。ディランを週刊朝日で知ろうという魂胆の人はいないよ。
泉谷:ひどいっ! こんな企画ヤメちまえ!
編集部:「名前は知っているけど、よく知らない」という若い人も多いと思いますし、50代以上だと、同時代で聴いていた人も……。ディランほど、よくわからない人はいない。
泉谷:やっぱり、アメリカの“体力”なのかな。映画にしても、音楽にしても、イヤなものは「イヤだ!」と表現してしまう。あんなにカネかけて作ってるのに。
浦沢:後味のワル~い感じですよね。
泉谷:日本人だと作品をキレイにまとめるところを、絶対にしない。
浦沢:そうなんですよ。「ライク・ア・ローリング・ストーン」なんて、徹底的に他人をこき下ろしてるだけの内容ですからね。
泉谷:個人攻撃でいいのか? それが、ロックの名曲として第1位に選ばれてるんだぜ (注)。
浦沢:この曲は、1965年のイギリス・ツアー帰りの飛行機で、頭にきた出来事をゲロを吐くように書いた詩をコンパクトにまとめたんですって。
泉谷:コンパクトじゃなく、グダグダと他人の悪口を言ってるだけ。
浦沢:オチもない(笑)。反戦歌みたいに扱われた「風に吹かれて」の歌詞なんて、「答えは風に吹かれている」ですよ。他人に丸投げですよ。
泉谷:ため息みたいな曲だよ。「時間浪費しちゃったなあ」みたいな。
浦沢:この曲自体には何のメッセージもないわけです。この馬鹿者どもめと言っているだけ。
泉谷:それを音楽として表現してしまうのがすごい。
浦沢:歌詞を書いたのも、62年のキューバ危機のときにカフェにいて、周りの客たちが「第3次世界大戦が始まる」とか「朝まで生テレビ!」みたいに議論をしていたのを聞いていたのが、きっかけ。いっこうに答えが出ない様子を歌詞にしただけなんですよ。
泉谷:そういう意味では、彼は個人主義的で、人間の生理的な部分を表現した。これは、日本人がまだまだ体得できていないものの一つ。やっぱり、音楽にしても映画にしても、受け手は保守的。特にロックを聴く人は保守的で、「ロックはこうあらねばならない」というものがある。ディランはね、これを片っ端からやめちゃうんだよ。自由すぎて、ものすごく嫉妬されると思うのよ。彼は現代のピカソ。好き勝手を他人がやるほどムカつくものないじゃない。うらやましい半面、腹立つ。だが、そんな保守的なものをあざ笑うのが、ディランなんだよね。
浦沢:これは発明でした。
泉谷:そこにみんながビックリした。え、コレって歌にする内容なのって。
浦沢:奥さんとの結婚生活がうまくいかなくなったら、奥さんの名前の「サラ」という曲を作る。
泉谷:そんな気持ち悪いこと誰がするかってんだよ!
浦沢:何でしょうね。ああいうのを「フルチン」っていうんでしょうね。
注:「ライク・ア・ローリング・ストーン」は、米国の雑誌「ローリング・ストーン」が2004年に発表した「ローリング・ストーンの選ぶオールタイム・グレイテスト・ソング500」で第1位に選ばれた
(構成 本誌・西岡千史)
※週刊朝日 2014年4月11日号