生物学者であり早稲田大学国際教養学部教授の池田清彦氏が、現代社会の問題の一つ「同調圧力」について語った。
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少し前にNHKが「“変人”の正論」と題する新番組の撮影のために研究室にやってきた。齋藤孝扮する福澤諭吉が「親友なんていらない」と主張して、それに対して私が意見を述べるという設定で、まあまあテレビ番組としては面白いのではないでしょうか。放映は3月28日の22時55分から25分間ということで興味のある人は見て下さい。
話題となったのは、昨今日本ではびこっている同調圧力のことである。奇しくも次の日に大和書房の編集者が「同調圧力」の本を作りたいと研究室を訪ねてきた。そこで、ネットで問題となっているえげつない匿名の悪口について思いついたことを喋ったので、さわりだけを紹介したい。
ネット社会になる以前は匿名の悪口は、怪文書という形で流布した。よく話題になったのは、医科大学の学長選や医学部長選。数人の候補者がいて、その中から一人選ぶという形の選挙では、自分のプラス面をアピールするのと同じくらいあるいは、それ以上に対立相手のマイナス面をアピールするやり方が効果的である。医学部のトップを決める選挙だけでなく、大きな利権がからむ選挙で、怪文書が頻繁に飛び交ったのも由ないことではない。
いわゆる村社会では、ライバルの価値を下げれば、相対的に自分の地位は上がる。有力な候補者がみなスキャンダルで転けてしまってダークホースが組織の重要な地位に抜擢されるなどということもよくあることだろう。本当でなくとも悪い噂が飛び交うだけでもダメージは大きい。しかし、本名でウソあるいはウソかホントか分からない噂を流すのはバレたときに逆効果になる。匿名の噂が飛び交う所以である。
こういう行動様式は現生人類の進化史と深く関係していると私は思う。16万年前に出現した現生人類は、1万年前までバンドと呼ばれる50人から100人程度の集団単位で狩猟採集生活を送っていた。当然のことながら人が集まれば権力争いは不可避で、その際の戦略は自分の能力を集団の成員に知らしめることと同時に、ライバルの欠点を噂として流すことであったろう。能力に余り差のない時は後者の巧拙はとりわけ重要であったと考えられ、我々の行動様式に深く刻まれているに違いない。
しかし、このやり方は小さな集団では通じてもグローバルな社会では無効である。ライバルが無数にいるからだ。ネット社会になってもまだ匿名で悪口を言っている人は、1万年前の行動様式から進化していない生きている化石みたいな人なのである。
※週刊朝日 2014年4月4日号