長野県南佐久郡南相木村は人口1100人、うち65歳以上が440人もいる過疎地域。66平方キロの総面積のうち、山林原野が約9割。この小さな村で生まれ育った姉妹が五輪選手になった。しかも村長の娘である。
5人姉妹の次女と四女。スピードスケート代表の菊池彩花(26)と、ショートトラック代表の萌水(もえみ=21)だ。「奇跡の村」を訪ねた。
南相木村は標高約800メートルから2100メートルの山あいにあり、今冬は氷点下15度前後と冷え込む日が続く。
両親ともに村の出身。村長で父の毅彦さん(57)は中学までスケートをやっており、母の初恵さん(51)も高枚時代にスケートで国体に出場。姉妹全員がスケート経験者で、うち現役選手が4人というスケート一家だ。毅彦さんが村長室で、幼少期の写真を見せてくれた。
「冬は自宅近くの立岩湖に氷が張って、天然のスケートリンクができる。彩花も萌水も、1歳か2歳から氷の上に立ってました。親たちが交代で除雪したり、お湯をまいて製氷したりして、手作りのリンクを作っていました」
立岩湖へ行ってみると、厚さ40センチという氷の上を歩くことができた。
菊池家では田畑を所有していて、5人姉妹は子どものころ、よく畑仕事を手伝っていたという。
「おばあちゃんがせっせと畑仕事をする人なんです。お孫さんに草むしりの手本を見せてましたよ。おばあちゃんのおいしい野菜を食べて、みんな元気に育ったんだと思います」(近所の人)
自然パワー、野菜パワーが菊池姉妹を支えている。
彩花が通った中学校で3年間コーチを務めた畠山忠彦さん(42)は言う。
「彩花さんはとにかく真面目で、サボることを知らない子でした。持久力勝負という選手で、そのころから1500メートルや3000メートルに出場していました。ただ、真面目すぎるためにプレッシャーを感じすぎる一面もありましたね」
3年生で全国大会の3000メートルで優勝した彩花。卒業後は自宅から38キロも離れた佐久長聖高校へ、自転車で通った。
「往復70キロ以上ですから、きっと大変だったと思います。それでも『もう、足が動かないから迎えに来て』と言われて車で迎えに行ったのは、一度だけでした」(毅彦さん)
彩花が出場予定の女子団体追い抜きは、前回のバンクーバー五輪で日本が銀メダルをとった種目で、期待も大きい。
畠山さんは中学1年時の萌水にも教えたことがある。
「気が強かった。代表選考レースでは、五女の純礼(すみれ)さんに勝って3000メートルリレーのメンバーに入りました。萌水さんらしい、心の強さが表れたレースでした」
毅彦さんが感慨深げに、こう語る。
「この村から2人の五輪選手が出たのは本当に奇跡だと思います。ゴルフ場もない、スキー場もない村に根差したスポーツが、スケートだった。娘には『楽しんできてくれ』とだけ言って、送り出しました」
奇跡の村に、メダルはもたらされるだろうか。
※週刊朝日 2014年2月21日号