NHKの連続テレビ小説「あまちゃん」のアキは東京から北三陸にやってきた。東京に戻ってアイドルになったが、東日本大震災を機に、再び北三陸に戻った。彼女と同じように、都会を離れて田舎に向かう若者の動きが活発になっている。
明治大学の小田切徳美教授(農村政策論)は、2005年ごろからその兆しを感じていたという。
「ひどい状況が伝えられている農村・漁村地域に『何か貢献したい』という思いが、学生の中にマグマのように蓄積されています。私のゼミでは、1990年代後半から学生が中心となって、若者を田舎に送って学びの場を与える『地域づくりインターンの会』という組織の運営に関わってきました。彼らによれば、以前は30人の定員が埋まらなかったこともあったそうですが、ここ数年は定員を40人に増やしても、それを上回る応募があります」
参加者の一人である明大の山崎笙吾(しょうご)さん(22)は昨年4月から大学を1年間休学し、一人で世界22カ国を放浪。帰国後に日本の田舎に興味を持つようになったという。
「トルコではダム開発で水没する村へ行きました。そのころから『経済の発展は本当に人間の幸福につながるのか』と考えるようになったんです。帰国して日本の農村を訪れると、海外と同じような問題を抱えている。それなら、田舎に住む人たちとつながって、少しでも地域づくりに貢献したいと思いました」
9月10日に発表された13年版の厚生労働白書は、山崎さんのような考えを持つ若者が増えていると報告している。新入社員に働く目的について尋ねると、00年度までは「社会のために役に立ちたい」と答える人が5%程度だったにもかかわらず、12年度は15%にまで上昇している。前出の小田切教授は若者が田舎に向かうことのよさを、こう説明する。
「若い人は異文化に接することで得た驚きや感動を素直に伝えられる。すると田舎の人は、自分の土地に誇りを感じるようになるんですね。私はこれを『交流の鏡効果』と呼んでいます。若者が鏡になり、地域の宝を映し出すことで、その土地の魅力の再発見につながるのです」
田舎に向かっているのは学生だけではない。東京都内でコンサルタントをしていた大野航輔さん(35)は、総務省の事業である「地域おこし協力隊」に応募し、今年4月から山梨県道志村で働いている。
「3年前から、道志村を水源としている横浜市の水道局やNPO団体、村民らと、温泉施設の燃料を重油から間伐材に変える『新ボイラー化』の事業に関わっていました。そのうちに、自分でも林業をやりたくなったんです。妻は都内に住んだままなので、今は“別居”状態ですが……」
アキが先輩の海女たちと協力して「海女カフェ」を開店させたように、大野さんたちは、温泉施設を「木こり風呂」に生まれ変わらせたのだ。
すると薪ボイラーを導入してからの1年で、重油消費量は4分の1となり、約900万円もの節約になった。薪の購入代金やボイラーなどの管理費が追加で必要となるため年間のランニングコストに差はないものの、新たな雇用が生まれた。何より、林業をあきらめかけていた人たちが、少しずつ間伐を始めるようになってきたのが大きい。
「任期は3年なので、次は自分自身を含め、この村で自立できるような仕事の場をつくること。いずれは妻をここに呼んで、村の人たちと一緒に暮らしていくのが夢です」(大野さん)
さて、若者はなぜ田舎に向かうのだろうか。農山漁村文化協会の編集局次長で、都市から農村に向かった若者を10年以上取材してきた甲斐良治氏が語る。
「農山漁村では、支えたり、支えられたりする人間関係を大切にして、海や土や風などを感じて自然と共に考えます。劇中歌の『地元に帰ろう』が人気なのは、そういう“地元”を持っていない若者が多いからでしょう。彼らはそんなつながりを求めて農山漁村に向か
っているのです」
前出の小田切教授は言う。
「宮藤官九郎さんは、今後の農村についての思い入れがある人だと聞いています。知人の研究者とも、今度、宮藤さんの話を聞いてみようという話をしてますよ」
北三陸で大きな成長を果たしたアキの姿にあこがれ、田舎への流れはさらに強まっていくかもしれない。
※週刊朝日 2013年10月4日号