世界の演劇賞を受賞した傑作舞台「ART」で自身初のコメディーに挑戦する萩原聖人さん。役者として25年ものキャリアを誇る萩原さんだが、いまだ迷走中だという。

「コメディーは大好きだし、得意なほうじゃないかと自分では思っているけど、なかなか話が来なかったんです。僕自身が面白くない男だと思われているんでしょうね、きっと(苦笑い)」

 16歳でのデビューから四半世紀が経ち、ありとあらゆる役を演じてきたように見える彼だが、意外にもコメディー舞台に出演するのは初めて。フランスの劇作家ヤスミナ・レザが1994年に発表した「ART」は、英国のオリヴィエ賞や、米国のトニー賞など、世界の主要な演劇賞を受賞した傑作コメディーだ。萩原さんは、今回演出を担当する千葉哲也さんから直々にオファーされ、「ちょうど、仲のいい脚本家の蓬莱竜太くんが、『いつか“ART”みたいな作品を書きたい』と話していたのを思い出して、そんなに面白い作品なら、と思って即決しました」。

 過去に共演したとき、何かお互いに感じるものがあったという千葉さんに演出してもらうのも楽しみのひとつだが、とはいえここ数年、演じることを“面白い”と思ったことはないという。

「正直、迷走の日々です(苦笑い)。何らかの評価を頂いても、すぐ、『本当ですか?』って疑っちゃう。もちろん、自分でも納得できる作品はあるんですよ。でも作品って、決して一人で作れるものじゃないから。人からも評価されて、自分もいいと思える作品っていうのは、脚本、演出、スタッフ、共演者……すべてがうまい具合に組み合わさった上で起こった奇跡なんです。よっぽどすべてのタイミングが合って、すべての環境が整わないと、自分のポテンシャル以上の力は出ない」

 そのどこか苦悩するような、センシティブな雰囲気は、若い頃から少しも変わっていないように見える。が、役に対する取り組み方は、20代の頃と40代の今では、まったく違うのだとか。

「若いときは、自分からどんどん発信できる自信がありましたね。これ、僕の持論なんですけど、どんな役者にも、かならず旬というか、役のほうが勝手に自分に寄り添ってくれる時期があるんですよ。そういうときは、何を演じても成立する。でもあるときから、自分から役に寄り添わなきゃならなくなる。一旦その変化に気づくと、つい、いろんなことに躊躇(ちゅうちょ)して、受け身になっちゃうんです。自分の中でああでもない、こうでもないと考え始めて、芝居って難しいなって思うんだけど、もう技術をそんなに伸ばせるわけじゃない。自分の人間的な魅力や色気を役にのっけていくしかなくなるんです」

 そういった役者としての迷いの中で、今回は、演出の千葉さんが新しい何かを引き出してくれないだろうかと、ひそかに期待してもいる。

「もしかしたら僕の苦手な分野かもしれないですけど(苦笑い)。だとしても、常に新しいことにチャレンジはしていきたいので、頑張るしかないです」

 言葉を選びながら話す姿に、「すごく謙虚なんですね」と、思わず感想を伝えてしまった。すると、「意外とそうなんです。イメージが間違って伝わっているだけで」と言って笑った。

週刊朝日  2013年8月16・23日号