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「おや?」と思って立ち止まる。そしてはじまる旅の迷路――。バックパッカーの神様とも呼ばれる、旅行作家・下川裕治氏が、世界を歩き、食べ、見て、乗って悩む謎解き連載「旅をせんとや生まれけむ」。第20回は「バンコクの大気汚染」について。
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タイのバンコクが暗い。景気が後退し、人々の顔に精彩がないといった話ではない。本当に暗いのだ。とくに朝の7時頃、夕方ではないか……と思ってしまうほど、太陽の光が弱い。
街は汚れた空気に覆われ、鈍色の奥で、ぼんやりと太陽の明かりを確認できる程度だ。
南国のイメージとはほど遠い。
日本が冬を迎えているこの時期、タイは旅行シーズンだといわれる。乾季で雨が降らず、気温がやや低くなるからだ。しかしすごしやすくなることと、街全体がどんよりと重いことは意味が違う。
大気汚染は深刻だ。連日、PM2.5の数値が発表され、人々はマスクをかけて出勤する。
アジアの大都市はどこも大気汚染に悩んでいる。昨年のシンガポールやクアラルンプールはひどかった。ヘイズである。煙霧と訳されることが多い。これはスマトラやカリマンタンの焼き畑の煙が流れてくることが要因である。
このエリアでは、アブラヤシのプランテーションが急速に広がっている。世界の食用油の消費量が急増しているためだ。本来は丁寧に開墾しなくてはいけないのだが、短期間でアブラヤシ農園をつくるために焼き畑に走ってしまうのだという。
僕もヘイズは体験している。視界が極端に悪くなり、のばした腕の先の掌がかすむほどになってしまう。イメージダウンにつながると、シンガポール政府はあまり口にしないというが。
北京のPM2.5も深刻だ。冬の朝の、毒ガスを防ぐような本格的なマスクをつけて登校する子供たちを目にすると、この街はこれからどうなっていくんだろう……と不安になってしまう。
冬の台北の空気も重い。台北は盆地にある街で、汚れた空気が溜まってしまうのだという。