新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のニュースが連日報じられるなか、国民に求められるのは、根拠のある医療情報をもとに、デマやウソを拡散しないことです。『心にしみる皮膚の話』の著者で、京都大学医学部特定准教授の大塚篤司医師は、過去の皮膚科の感染症を例に挙げ、「正しく恐れる」ことが大事だと訴えます。
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連日、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のニュースがテレビや新聞で報じられています。未知の感染症というのは怖いものです。ましてや治療薬が開発されていない段階では、多くの人の不安は募るばかりです。
一般の人にはあまり知られていませんが、皮膚科でもかつて、ある感染症が広まって問題となったことがあります。
「トンズランス感染症」というものです。
聞き慣れない病気だと思いますので、トンズランス感染症について、まずは基本的なことから解説したいと思います。
まず、トンズランスは真菌です。カビの一種です。
正式名称はトリコフィトン・トンズランス。トリコフィトンは菌の中の大きなくくりで、トリコフィトン属という呼び方をします。このトリコフィトン属は白癬(はくせん)菌属というもので、足の水虫なども同じ仲間に分類されます。
トンズランスは、白癬菌(水虫菌と言い換えてもいいかもしれませんが)の中で、柔道やレスリング選手を中心に広がった感染症です。
トンズランスは10年以上前から、注意喚起されていました。私が皮膚科医になったころ、つまり2003年ごろなんですが、高校生の柔道選手のフケと抜け毛が問題となりました。
実はこれはトンズランス感染症で、体が擦れ合う格闘技選手同士でカビをうつし合っていることがわかりました。この菌は、空気を媒介した感染ではなく、皮膚を接触することで感染するものです。頭に感染すると、かゆいだけでなく髪の毛も抜けてしまうことがあります。ただ、専門家以外は診断をつけることができず、病気が拡大してしまいました。
感染した人たちはこの頃、原因不明の脱毛でとても不安だったと思います。
さらに、頭の湿疹だと誤診してしまったケースもあり感染が拡大しました。湿疹と診断した場合の治療はステロイド外用剤になります。しかし、ステロイド外用剤は逆効果です。カビへの攻撃は弱まって、トンズランスは広がってしまうのです。