他人の期待は変化します。他人は実はこちらが思うほど期待もしていないし、覚えてもいないかもしれません。期待してくれていた人は先にいなくなるかもしれません。やはり優先すべきは自分の人生を生きるということだと思います。

 では、そのための第一歩はどうやったら踏み出せるのか。

 私もかつては自信をなくし、深く落ち込んだこともありました。もともと強い人間ではないですし、小心者の性格だと思っています。突然仕事をクビになったこともありますし、たくさんのお金を一気に失ったこともあります。信じていた人たちが急に離れていったこともありました。

 そのときは、全てこの世の終わりのようなショッキングな出来事に感じましたが、同時に「何とかするしかない」という環境でした。今もそうです。

 実は「自分の人生を生きる」と高尚なことをふだんから考えているわけではありません。もう「次に進むしかない」という余裕のない環境にあるだけです。

 海外で働き暮らすというのは、日本のような安定した雇用環境や手厚い社会保障が外れるわけで、いつどうなるかわからない身分です。日本もやがてそうなるでしょうが、まだまだ今の日本は立ち止まっても何とかなるくらい、優しい社会です。でもこちらは成果を上げていても、何が起こるかわかりません。必要ないと思われたら「自分で何とかしてね」と容赦なく切られる世界です。自分を養うのは自分だけという感じです。「次に行くしかない」んです。極論ですが、そうしなければあとは野垂れ死ぬしかありません。

 こうした環境に身を置いていると、次第に自分の弱さや自信のなさを忘れていくことに気がつきました。考えている余裕がないのです。そして、少しでも結果を出せたり、喜びにつながることができたりしたときに、少しずつ気分が上向いていくことに気がついたのです。

「人生を充実させよう」と言われても、実現するのは非常に難しく思えるものです。確かに巨大な経済的成功を収めたり、結婚して素晴らしい家族に恵まれたりすることも悪いことではないでしょうが、実は、本質的な幸福にはつながりません(実はいじめっ子も幸せそうなアピールをしているだけで、案外内実はどうなっているかわかりませんよ)。

 深い悦びや幸せは、ふとした当たり前の日常が続いていることにあると思います。

 とすると、すべては自分の気持ち次第です。

 今とらわれている人生観を一度外してみてください。誰かにわかってもらえなくてもいいのです。次に行きましょう。大丈夫です。

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