こうした悪影響を避けるためには、難聴を予防し、できるだけ聞こえの状態を良好に保つことが大切になります。認知症予防の最大のカギは「耳の聞こえ」にあるといえるのです。認知機能低下が難聴を加速させることも難聴があると限られた認知資源が聴覚処理に費やされ、ほかの認知的作業への余力をなくすことから、認知機能の低下を招くという説もあります。

 そして認知機能の低下もまた、脳の複雑な情報処理が必要な場面においては難聴を引き起こす要因になることがあります。難聴が認知機能の低下を招くだけでなく、認知機能の低下が難聴を加速させるという「負のスパイラル」が生じてしまうのです。

「聴覚の情報処理は、視覚の情報処理よりも使用する神経や脳の部分が大きいため、そのメカニズムはより複雑です。そのため、認知機能が低下して脳の情報処理がうまくできなくなると、聴覚の情報処理が難しくなり、難聴リスクも高まってしまうのです」(同)

 難聴があると認知機能が低下するということは、国立長寿医療研究センターの「老化に関する長期縦断疫学研究(NILS-LSA)」においても示されています。この研究では、難聴のある人を含む2400人に対して12年間にわたり知能検査を繰り返しおこない、知的機能の変化を調べています。

 その結果、「知識」と「情報処理能力」の検査において、難聴があるとスコアが下がることがわかりました。知識については、難聴のない場合は12年間でややスコアが向上しますが、難聴がある場合はやや低下してしまいます。一方、情報処理能力については、難聴がある人は難聴のない人に比べて、12年間で大きく低下してしまいます。この関連はほかの研究でも報告されています。このように、難聴と認知機能は深く関係しており、認知症を予防するためにもまずは難聴を予防することが重要になります。(文・石川美香子)

※週刊朝日ムック『「よく聞こえない」ときの耳の本[2020年版]』より抜粋

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