前出の作山教授は、交渉の過程で日本が持っていたカードをアメリカ側に提示した形跡がないことも、元国際交渉官として疑問に感じているという。

「トランプ大統領が自動車の関税を上げると脅してきたら、日本は『では、牛肉の関税を現行の38.5%から上限の50%まで上げます』と反論すればよかった。これは国際ルールの違反ではありません。実際、EUはトランプ大統領の脅しに対して、対抗措置として米国のどの品目の関税をどこまで上げるのかのリストを準備しています。日本は、韓国に対しては輸出優遇国(ホワイトリスト)からの除外という対抗措置を取りましたが、米国にはそのそぶりすら見せていません。本気で米国と交渉していたとは思えません」

 では、米国は今回の協定に満足しているかというと、そんなことはない。コメについてはTPPの水準に達しておらず、米国内で批判が出ている。協定は、来年5月以降に再交渉されるため、今後、コメなども議題にのぼる可能性がある。今回は始まりにすぎないのだ。それでも協定の承認案は、大きな混乱もなく15日に衆院外務委員会で可決した。TPPは70時間以上の時間をかけて議論したが、日米貿易協定の審議時間は10時間にも満たなかった。安倍政権の思惑通りの展開に、野党の農林議員も嘆くばかりだ。

「こんなにひどい協定なのに、野党議員が体を張って審議を止めるどころか、プラカードを持ち込んでメディアにアピールするようなこともしない。だから、すべてが与党のスケジュール通り。闘う気すらなくて、情けない。野党の幹部は、国民の生活よりも大臣のクビを取ること(辞任)しか考えてないんだよ」

 戦後史で例をみない「不平等条約」が、安倍首相とトランプ大統領の間で実現しようとしている。だが、そのことを政治家も国民も多くの人が知らない。最大の危機は、そこにある。(AERA dot.編集部/西岡千史)

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