政府の試算では、協定の経済効果は実質国内総生産(GDP)を約0.8%押し上げるという。しかし、これは米国が自動車関連の関税をすべて撤廃したことを前提にしている。東京大学大学院の鈴木宣弘教授(農業経済学)が、協定の内容通り、自動車の関税撤廃がないことを前提に政府と同じ手法で試算すると、GDPの増加率は0.09%にしかならなかった。鈴木教授は言う。
「日本政府の試算がおかしいことは、米国の貿易情報誌からも『撤廃を仮定してGDPの増加効果を計算した』と指摘されています。せめて、自動車関連の関税が撤廃されていない場合の試算と2本立てで発表すべきですが、それすらしていません」
■GDPがマイナスになる可能性も
これだけではない。協定の発効でもっとも影響を受ける農林水産物について、政府は生産額が600億~1100億円減少すると試算している。ところが、国内対策で農業の競争力が高まるとして、生産量への影響は「ゼロ」だという。ちなみに、自動車関連の関税撤廃が実現したとして試算しても、GDPは0.16%しか増えなかった。
「試算には『価格が下がっても、生産コストが下がる』『コストが下がれば、賃金が上がる』などの前提をつけて、意図的にGDPの増加率を引き上げています。試算の前提を変えることは、ドーピング剤を打つようなもの。そんなことをすれば、結果の数字はいくらでも増やせます」(鈴木教授)
そのほかにも、試算には「日本の農産品は品質が高いので、米国産と入れ替わらない」「農業で職を失った人は、瞬時に別の業種に転職できる」といった前提がある。いずれも試算のための机上の空論で、非現実的だ。そのこともふまえて鈴木教授が試算をすると、GDPはマイナス0.07%となった。政府はそれでも、今回の協定で牛肉や豚肉の関税が下がっても、コメの開放がなかったことが「成果」だったと主張している。だが、この説明もあやしい。
「来年に大統領選を控えるトランプ氏にとって、コメの生産地であるカリフォルニア州は民主党の票田なので、もともと興味がないのです。しかも、コメ以外の農産品では譲っているのに、自動車関連の成果は何一つなかった。こんな協定は前代未聞です」(鈴木教授)