というわけで、地平線の近くに太陽があるときだけ、虹ができる位置が部分的に空中になるため、通常は、半円かそれ以下の弓のような形の虹が見えるのです。そして、あたかも、地面に橋をかけたようになるのです。

 さて、その橋のたもとに行くことを考えましょう。あなたが、虹を見たその時に「あそこの虹のふもと」に行きたいと思い、その場所を覚えて、すばやく走っていくことはできます。しかし、その場所に着いても、残念ながら虹は消えています。たぶんじめじめした空気を感じるだけでしょう。周囲に水分が多いからこそ日光が反射され、前にいたところで虹が見えたのです。また、移動した場所でも虹が見えたとしても、その虹はさらに遠くに位置しているはずです。どちらにしてもがっかりすることは避けられません。

 じつは、虹のふもとへ行こうと走り出したときに、すでにもう虹のふもとは移動しています。観察者の眼の位置によって、虹の見え方がそれぞれ違うのです。たとえば、すこし離れたところにいる恋人に「ほら、虹が出ているよ」と教えても、見えている虹の位置は微妙に異なっています。その差異に気づかず、体験を共有してロマンチックな気分になっているのは、ちょっとおもしろいですね。それぞれ写真を撮って違いを見比べてみるとよいでしょう。地平線付近の満月の写真が、同時刻でも撮影位置によって異なるのと同じ理屈です。

 さて、小さな虹ならば人工的に作ることが可能です。よく晴れた日に太陽を背にして霧吹きで手元に水滴をたくさん作ります。必ずといっていいほど、半円状の小さな虹が見えます。この人工虹が円形にならない理由は、観察する人の眼の位置より下側の日光が体によってさえぎられているからです。

 理想的な円形の虹を見るには、自撮り棒にセットした小型カメラで太陽の位置から自分を見下ろすように撮影しながら、自分の周りに霧吹きで水を吹きます。きっとオーラの光のような円形虹に包まれた自分の姿が撮影できるでしょう。想像力を働かせれば、「虹のふもと」に行った以上の満足感が得られるかもしれません。

【今回の結論】虹は太陽の像が魅力的に映った幻影なので、「ふもと」は存在しない。でも、いろんな見え方を探せば、もっと楽しめる!

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石川幹人

石川幹人

石川幹人(いしかわ・まさと)/明治大学情報コミュニケーション学部教授、博士(工学)。東京工業大学理学部応用物理学科卒。パナソニックで映像情報システムの設計開発を手掛け、新世代コンピュータ技術開発機構で人工知能研究に従事。専門は認知情報論及び科学基礎論。2013年に国際生命情報科学会賞、15年に科学技術社会論学会実践賞などを受賞。「嵐のワクワク学校」などのイベント講師、『サイエンスZERO』(NHK)、『たけしのTVタックル』(テレビ朝日)ほか数多くのテレビやラジオ番組に出演。著書多数

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