最終盤まで懸命についていた服部も粘り、42キロ手前で大迫をかわすと、そのまま2位でフィニッシュ。中村と共に来年の五輪出場権を手にした。
3位の大迫は、今後の「MGCファイナルチャレンジ」指定3大会(福岡国際マラソン、東京マラソン、びわ湖毎日マラソン)で、基準タイム(2時間5分49秒)を突破した選手がいない場合に代表権を得る。大迫が持つ日本記録の更新が必要なタイム設定のため、突破の難易度は非常に高いと言えるだろう。
大逃げを図ってレースをけん引した設楽は14位、残る四強の一角だった2018年アジア大会覇者の井上大仁(MHPS←山梨学院大学)は完走者のうち最下位の27位に終わった。
2年をかけた代表選考レースは、これまでにはない完全に新しい試みだった。開催時期と近い時期にほぼ同じコースを走ることのできた自国開催の五輪前年だからこそ実現できたことだろうが、明確な選考基準とシステムを作れた意味は大きいはずだ。男子は34名もの選手がMGC出場資格を獲得し、その過程で設楽と大迫の日本記録更新が立て続けに生まれた。これは強化につながっていることの一つの証明である。
また、出場30選手のうち24選手は大学時代に箱根駅伝を経験しており、上位陣の出身校にも箱根駅伝の強豪校が並ぶ。トップレベルに限らない多くの指導者や関係者の努力もつながっている。マラソンの父・金栗四三らの「世界に通用するランナーを育成したい」との思いによって1920年に生まれた箱根駅伝から、ちょうど100年の時を経て、2020年の東京でその思いの結実を期待したい。