日本各地で日々行われている発掘調査。その成果を全国的な視野でとらえることにより新事実が浮かび上がり、日本史の常識が塗り替えられることがある。
ここ最近の大きな成果といえば、旧石器時代に日本列島に渡ってきた我々の祖先、ホモ・サピエンスの多様な生活ぶりがわかってきたことだ。『境界の日本史』(朝日新聞出版)の著者の1人で、旧石器時代の専門家の森先一貴氏が、その世界に類をみない発見の一端を紹介する。
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■計画と時間管理は現生人類に備わった能力
何をするにも時間の使い方は大切だ。
たとえば野菜たっぷりのパスタを作るとする。具材を炒めて味付けをする作業と、パスタをゆでる作業をうまく同時進行できれば、美味しく、しかも短時間で仕上がる。2つ以上の作業を進める手際のよい人ほど、時間をうまく使うだろう。こうした計画的な時間管理は、じつは現代人の優れた能力の1つである。
ここでいう現代人とは、私たちと同じ現生人類、すなわちホモ・サピエンスのことだ。およそ3万8000年前の旧石器時代に大陸から日本列島に到来し、一気に列島の各地に広がり、野生動物の狩猟を中心とした移動生活を営んだ。1つの生活集団の人数は平均25人ほどで、季節ごとに、あるいはもっと頻繁に、集落を移しながら生活した。それも気まぐれに移動するのではなく、食料資源を効率的に得るため、気候や季節により変貌を遂げる自然をうまく利用して戦略的で計画的な生活を送っていた。
■世界にも例のない「陥し穴」猟
そうした計画的生活術の最たるもの、それは「陥(おと)し穴」猟だ。陥し穴猟は、これまでは縄文時代以降に始まると考えられていた。東京都の多摩ニュータウン開発に伴う発掘調査などでは、縄文時代の陥し穴が1万基以上もみつかっている。
ところが、1986年、静岡県三島市初音ヶ原(はつねがはら)A遺跡で驚くべき発見があった。伊豆半島のつけ根あたり、箱根山麓の丘陵上で大きな土坑(地面に掘った穴)群が発見されたのである。直径1~2メートル、深さは1.4~2メートルもの土坑が、100メートル以上、列をなしていたのだ。発掘された地層の年代からみても3万年前をさかのぼることは確実だ。これほど古い大型土坑群は世界的にみても例はない。陥し穴だとすれば大発見である。