映画では44年9月のシーンとして、周作に呼び出されて勤務先の海軍軍法会議所を訪ねる途中、本通(ほんどおり)七丁目付近を歩くすずさんの背後を走る、35号電車が描かれている。もちろん、すずさんが乗車することはない。

 この車両はのちに300型305号車と改番され、車体だけが市内の保育所に用具入れなどとして保存されている。

 そのほか、呉のシンボルで市街地の北側にそびえる灰ヶ峰(標高737メートル)を背景に、堺橋を渡る路面電車がわずかに確認できるシーンもある。

 呉市電の遺構はほとんど残されていないが、呉線呉ポートピア駅そばの呉ポートピアパークに、廃止時に譲渡した伊予鉄道から2004年に返還された1000型1001号車が唯一、ほぼ完全な状態で保存されている。

 すずさんが歩いた本通を南に向かうと、いまもスクリーン上とほぼ同じ姿の本通跨道橋に突き当たる。たたずむすずさんの背後の跨道橋上を、三原方面に向かって走るC59形94号機が描かれる。跨道橋の銘板には「鐡道省」の文字も読み取れる。

 続くシーンには、当時の下士官兵集会場のそばで道路を横切る、小型のB形(動輪2軸)タンク式SLが人員輸送車を引いて走る姿が見える。呉駅から海軍工廠まで延びていた専用線で、一部が併用軌道になっていた。

 旧集会場の向かい側の歩道から呉駅方面を見ると、いまは海上自衛隊の施設になっている海軍呉海兵団跡のブロック塀が、カーブしながら続いている。そのラインが専用線跡にあたり、堺川を渡る赤さびた橋桁が残されている。呉線の線路と並行しているため、車窓からも確認できる。レールははがされているが、枕木や管理用通路などは当時のままだ。

■人気の「旧澤原家住宅三ツ倉」や「大和ミュージアム」も

 鉄道シーン以外でも、映画そのままの風景を残して観光客に人気の「旧澤原家住宅三ツ倉」や、映画のスチール写真やポスター、原画なども多数展示する「ヤマトギャラリー零(ZERO)」など、呉市内には「この世界の片隅に」に関連する見どころも多い。

 そのほか「大和ミュージアム」(呉市海事歴史科学館)や「てつのくじら館」(海上自衛隊呉史料館)は人気のスポット。旧呉鎮守府庁舎だった海上自衛隊呉地方総監部第一庁舎も、事前予約のうえ見学が可能だ。大和が建造された旧海軍工廠(現・ジャパンマリンユナイテッド呉造船所)のドックも、公道から見渡せる。(文・武田元秀)