「それぞれの曲の歴史を紹介するのは大切なことだと思った。どこでその曲が書かれたのか、どのような状況だったのか、その曲を書いたとき僕の人生になにが起きていたのか。そういう話を読んで、みんながおもしろいと感じてくれるはずだと思ったんだ。曲っていうのは、突然どこからともなく現れるものではないからね」(同)

 現時点ではその内容を詳しく紹介することができないのだが、この発言からもわかるとおり、さまざまな世代のファンそれぞれにとって、興味深い情報やエピソードが数多く示されている。『マイ・ソングス』を聴きながら、その文章を読むことによって、スティングという稀有な音楽家がつくり上げてきた作品世界の大きさや深さをあらためて認識することになるはずだ。

 自身の名曲たちを見つめ直して『マイ・ソングス』をつくり上げ、大きな手応えを得たスティングは、長年にわたるパートナー、ドミニク・ミラー(ギター)を中心にしたバンドとともに、5月末から大規模なワールド・ツアーを行なう。すでに書いたとおり、ツアーのタイトルも『マイ・ソングス』だが、このアルバムの方向性を踏襲するのではなく、毎回、新鮮な気持ちでそれぞれの曲を再定義していくという。それがどんな内容になるのか、日本でもぜひ観たいものだ。

 冒頭に書いたとおり、『マイ・ソングス』では、1970年代半ばから90年代半ばにかけて残された曲が取り上げられている。その時間の流れのなかで、ロンドンの狭いアパートでソングライターとしての試行錯誤を繰り返していた若者は、マンハッタンやイングランド南西部ウィルトシャーの広大な邸宅にも制作拠点を構えるまでになった。しかし、そのように劇的に状況や環境が変化しても、音楽に向きあうスティングの姿勢や意欲、好奇心はまったく変わらなかった。『マイ・ソングス』は、そんなことを語りかけてくるようだ。そして、誰よりもスティング自身が、そのことをあらためて強く認識したのではないだろうか。(音楽ライター・大友博)

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