前回、都筑道夫(つづきみちお)氏のことにちょっと触れました。

彼がどんな作家かは、『東京夢幻図絵』(扶桑社文庫)の解説で、日下三蔵(くさかさんぞう)氏が書いているのが言い得て妙なので引用します。

「ストレートな本格推理ならシリーズや、『七十五羽の烏』以下の物部太郎三部作、捕物帳(とりものちょう)ならシリーズ、叙述にトリックを仕掛けた本格ミステリなら『猫の舌に釘をうて』『誘拐作戦』『三重露出』、アクション重視の冒険小説なら『なめくじに聞いてみろ』『暗殺教程』、ーー」

このあと、SF、時代伝奇、ショートショート、ジュニアミステリなどの代表作がずらずらと並んでいきますが、さすがに量が多いのでちょっとはしょります。

まことに間口が広く、しかもクオリティが高い。

僕は、彼の、スタイルや趣向に凝っている部分が特に好きで、初期作品の『猫の舌に釘をうて』『やぶにらみの時計』『誘拐作戦』などは、「どうしてこんなに凝った小説が書けるんだろう」と舌を巻き、憧れたものです。 

創作だけではありません。『黄色い部屋はいかに改装されたか?』というミステリ評論や『都筑道夫のミステリイ指南』というご自身の小説作法のテクニックを書かれたエッセイも、非常に論理的で面白く、何度も読み返しました。

前回書いた「地下鉄のホームで背広を着ているのに手にも二枚ジャケットを持った男を目撃して、そこから短編を作った」というエピソードも、『ミステリイ指南』に書かれていたものだったはずです。

その彼の著作に、作品とは別にささやかな謎があるのを見つけました。

『泡姫シルビアの華麗な推理』の新潮文庫、昭和61年11月25日発行の初版本です。既に品切れの本ですが、僕はたまたま古本屋で見つけました。

で、何が謎かというとーー。

目次には「解説・淡路瑛一」とあるのですが、実際に解説を書いているのは矢田省作という方になっています。

明らかに編集者のミスです。

ではなんでこんなミスが起きたのでしょうか。

当事者ではないので真実は語れませんが、ある程度事情を想像できるヒントはあります。

都筑さんという方は、実はペンネームをたくさん持っている方です。

40代以上ならば懐かしいテレビドラマ『キイハンター』、あの番組も立ち上げに都筑さんは関わっていらっしゃいました。

そこに登場する野際陽子(のぎわようこ)さんの役名が津川啓子なのですが、これも都筑さんのペンネームの一つです。ヒロインに自分の名前をあげたのですね。

『泡姫』の目次に載っている"淡路瑛一"というのも、都筑さんのペンネームのひとつなのです。変名を使い、ご自身で書く予定だったのでしょうね。

しかし、都筑さんは原稿が遅い方でもありました。

原稿が間に合わないので、担当編集者が大あわてで別の人間に解説を頼んだ。だけど、ギリギリで変更したので、目次の名前を直すのを忘れていた。

こうして、目次と解説の名前が違ってしまったのです。いかがでしょうか。
でも、ちょっと気になることがあります。

実際に書かれた"矢田省作"という方はどんな人なんでしょうか。あんまり聞いたことがない名前です。それに、どうも名前の響きがひっかかる。

おそらく"やだしょうさく"と読むのでしょう。

ちょっと文字を並べ替えてみます。

"さくしやだょう"。あ、これは「作者だよう」、つまり都筑道夫氏自身のことではないでしょうか。

とすると解説はやはり自分で書いたのですが、最初はペンネームを"淡路瑛一"でいくつもりを、ギリギリになって「やっぱり矢田省作にする」と変更した結果、目次の修正を担当が忘れてしまったとも考えられます。

いやいや、都筑さんのことです。

ひょっとしたら、目次と解説でわざと名前を変えたのかもしれない。

そうやって手がかりを残して、細かいところにこだわる読者に対して挑戦していたのかもしれない。都筑さんならありえるなあ。

本文だけじゃなくて、目次などの部分でも遊びを仕掛けてくるとしたら、それはそれでとても彼らしいなと思うのです。