松井は引退以降、巨人軍監督の強い誘いを固辞し続けている。だが、差し迫った健康不安がミスターを襲った時、長嶋がニューヨークに直電すれば松井は間違いなく翻意する。その瞬間、監督候補に名前が挙がっていた江川卓、中畑清、斎藤雅樹、桑田真澄、イチローの名前が全てダミーだったことが分かる。だから原は常に、後輩松井の影に追われながら、ゴジラを超える「原流の」アピールに必死なのだ。
その一例が監督就任会見で突然、公言した「岡本よ! タバコをやめろ」発言だ。とっさに出た原の健康指南だと思われているが、そうではない。旧知の記者に岡本和真の喫煙癖を聞いてから、「いつかカメラの前で注意してやろう」と考え、練りに練った快心のショートジョークだったのだ。現役時代の15年間、ONを超えるヘビースモーカーだった原の禁煙令だから余計笑ってしまった。蛇足だが、唐突なSNS禁止令も時代錯誤で勇み足だった気がする。
では、原が命運をかける「目覚ましい」成果とは何だろう。それは球史に残る名采配、金字塔を打ち立てることだ。「三原マジック」に始まり、川上哲治の「不滅のON体制」、藤田元司が完成させた投手王国と長嶋の「地獄の伊東キャンプ」に代表される珠玉のジャイアンツイズム、これに並ぶ「名戦術」が原に求められているから気が重い。それも単年度で。
今季の巨人のスローガンは「和と動」だ。これに決まった経緯は知らないが、偶然にもこのフレーズは原の父・貢氏が監督時代に繰り返していた口癖だ。この親子は家に帰ると野球の話を一切しなかった。辰徳にとって貢氏は家庭でも絶対服従の鬼監督だったのだ。
年明けに新監督と話したら「スローガンだけじゃ駄目なんですよ。魅せる野球をしないとね」とハイテンションで返してきた。息子が目指す「魅せる野球」の出発点は、まず偉大な父を乗り越えるところから始まる「原点回帰」なのだろうか。(文・吉 元晴)