またこの季節が巡ってきた。トウチャンが逝ってから4度目の春だ。彼は、桜が大好きだった。亡くなる少し前に満開だった桜を見に、ひとりでタクシーに乗って青山墓地の桜トンネルをくぐってきた、と話していた。「おまえが忙しくて花見にも付き合ってくれないからよぉ、ひとりで夜桜見て来たよ」と言われたときには「来年は絶対一緒に見に行こう」と誓ったのに、その2週間後には帰らぬ人となり、その約束は果たされなかった。亡くなった日から10日後にはタイに出かける予定だった。だから、しばらくはタイに足を踏み入れることができなかったのだが、親友のM子に付き合ってもらってプーケットにわたり、トウチャンが通いつめたお気に入りのレストラン「ブラックキャット」で食事をしながら、亡霊と会話しているような錯覚に陥ったりもした。その後、彼の愛した競輪や一緒に通った雀荘にもようやく足を踏み入れることもできるようになった。もちろん、トウチャンの亡霊はそこかしこに見えるし、声が聞こえるのは変わらないのだが、それでいいのだ。だって彼と私はようやく一体化したのだから。
思えば、この4年は私にとっては完全な人生のリハビリ期間だった。そして、家族や友人、仕事、なにより、新しく愛し始めた「アニキ」の存在で私はかなり蘇った。トウチャンと一緒に旅立った私の魂の半分はもう戻らないが、壊れないように必死で守った残りの半分が崩れずに済んだ。いまも時々、悪夢にうなされ、夜中にトウチャンの名前を呼びながら飛び起きて涙を流すこともあるが、ずっと手放せなかった精神安定剤や睡眠薬を飲む頻度とともに、その回数も減った。
このエッセイの連載をお引き受けしたのは、自分とトウチャンの物語を、失ってからの封印された日々の記憶を辿る作業によって紡ぎなおそうと思ったからだ。あまりの辛さに思い出すことをやめていたことも引っ張り出して、かさぶたをはがすような痛みも感じた。写真はともかく動画はまだ見られない私だが、まるでリハビリのようにキーボードをたたき続けた。