バブル崩壊後の1993年8月5日の朝早くに、私は大阪のある不動産会社社長と会っていた。社長室の電話が鳴った。「阪和銀行の副頭取が射殺された!」。電話の主は分からない。後で知ることなのだが、電話がかかってきた時は事件発生から1時間ほどしか経っておらず、ニュース速報も流れていなかった。それなのに闇の勢力とつながっていたネットワークの中ではすでに情報が行き交っていたのだ。底知れない恐怖感を覚えた。
バブル崩壊後の失われた10年、20年と言われた時代に入り、景気は長期に低迷し、金詰りの時代となった。暴力団に対する取り締まりも強化された。「総会屋」の活動は影を潜めた。だが景気浮揚を狙って1990年代後半から上場基準を緩くした東証マザーズなどの新興市場が開設され、新たなバブルが生まれていった。そこにITバブルが重なった。
その時、登場したのが堀江貴文氏らのITベンチャー起業家だ。六本木ヒルズなどに住み、派手な生活を送るヒルズ族が話題をつくった。旧態依然とした大手企業中心の日本の経済界を変えるのではないかという期待感が膨らんだ一方で、夜な夜な高級ワインのボトルを開けてどんちゃん騒ぎをするヒルズ族の行動は世間の顰蹙(ひんしゅく)を買った。
そもそも経団連など経済界の主流派に属している企業は、昔から新興企業には冷たいものだ。堀江氏は2004年にプロ野球界への参入を図り、2005年にはニッポン放送株を取得し、放送界に殴り込みをかけた。プロ野球界も放送界も既得権者が「限られた席」に座り、それを簡単には手放そうとはしない世界である。そんな世界を株式買収という荒業で揺さぶった堀江氏への経済界主流派の反発は一気に強まった。
2006年1月、堀江氏は証券取引法違反容疑で逮捕された。同年6月には村上ファンドの村上世彰氏も証券取引法違反容疑で逮捕された。いずれの逮捕も、敵対的買収で企業を支配し、経営に関わるという行為に対する経済界主流派の批判に後押しされものという見方もできる。
GAFA(グーグル、アップル、フェースブック、アマゾン)に代表されるIT企業、サイバー企業が台頭した21世紀に地盤沈下が激しい日本の大手企業に対して、堀江氏ら新興勢力が戦いを挑んだ形だった。平成10年代(1998~2007年)は新旧勢力の攻防戦が繰り広げられた時代といえる。
堀江氏の逮捕で過熱気味だった新興市場はその後低迷した。この間の攻防戦では新興勢力が攻めたものの、既存勢力は土俵際でかろうじて踏みとどまったのだ。
だが新旧産業の交代劇は着実に進んだ。大企業といえども進化しなければ生き残れない時代だった。グローバル化とデジタル化の進展はこれまでのゲームルールを一変させたからだ。液晶技術でトップを走っていたシャープは2010年代に入り苦境に陥る。中国、韓国の企業が一気に技術的に追いついてきた。過去10年ほどの平成時代で起きた「経済事件」は優良企業とみられていた会社が一転して、経営危機に直面するという苛烈なものだった。