金足農・吉田輝星 (c)朝日新聞社
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 10月2日、福井しあわせ元気国体で常葉大菊川を相手に5回を投げて11奪三振という圧巻のピッチングを見せ、高校生活最後の公式戦を終えた吉田輝星(金足農)。その2日後には両親、監督との面談を行い、きょう10日にプロ志望届を提出した。吉田は、同日16時から開かれる、プロ入り表明の記者会見に出席する。これまでにも「高校ナンバーワン」と呼ばれた選手の進路が世間を騒がせたことは少なくないが、果たして吉田の決断は正解と言えるのだろうか。過去の事例を振り返りながら検証してみたいと思う。

 高校時代にプロから高い評価を受けながらも大学進学、もしくは社会人入りするケースは決して珍しいことではない。その背景にはさまざまな事情があるが、代表的な例は大学の付属、系列の高校の選手である。

 この例ですぐに思い浮かぶケースとしては、やはり斎藤佑樹(早稲田実→早稲田大→日本ハム)になるだろう。高校3年夏には田中将大(ヤンキース)に決勝戦の再試合で投げ勝ち、その動向は社会現象になるほどだったが、プロ入りは表明せずに、そのまま早稲田大に進学した。現在プロで苦しんでいる斎藤を見て進学を否定する声も聞かれるが、そう結論づけるのは早計と言えるだろう。斎藤のプロからの評価は夏の甲子園までは決して高いものではなく、いわゆる“ドラフトの目玉”と呼ばれる存在ではなかったのだ。

 この年の高校生投手では、田中の他にも増渕竜義(鷲宮→ヤクルト)、前田健太(PL学園→広島)、吉川光夫(広陵→日本ハム)など実力者がめじろ押しであり、仮に夏の甲子園での活躍がないままプロ志望届を提出していても、下位で指名されるかどうかという選手だったという印象である。

 斎藤自身もそのことをよく理解していたからこそ、大学で盤石の実績を残してからプロ入りを目指すという決断を下したと言える。実際、その斎藤の狙いは当たり、東京六大学で通算31勝、323奪三振という見事な成績を残し、2010年のドラフト会議では4球団から1位指名を受けてプロ入りを果たしている。プロ入り1年目の6勝6敗、防御率2.69という成績も決して悪いものではない。現在の低迷はプロ入りの時期の問題というよりも、その後の故障と有効なモデルチェンジを図れていないことによる要因が大きいと言えるのではないだろうか。

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西尾典文

西尾典文

西尾典文/1979年生まれ。愛知県出身。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究し、在学中から専門誌に寄稿を開始。修了後も主に高校野球、大学野球、社会人野球を中心に年間400試合以上を現場で取材し、AERA dot.、デイリー新潮、FRIDAYデジタル、スポーツナビ、BASEBALL KING、THE DIGEST、REAL SPORTSなどに記事を寄稿中。2017年からはスカイAのドラフト中継でも解説を務めている。ドラフト情報を発信する「プロアマ野球研究所(PABBlab)」でも毎日記事を配信中。

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高い評価を受けながら進学した例は多い