でもまぁ性教育とくくっているようでいて実は、裸を見る見ないよりも、相手の不快感や意思を尊重できる人になってほしいという思いでやっているところがあります。
相手が嫌がることに配慮することができる人間であれば、同性・異性に関わらず性的な事柄を同意なくしてはいけないことも理解できるでしょうから。
夏になればステテコいっちょで過ごす父親を横目に見ながら食事をするのが当たり前だった実家暮らしを思い返すと、それも慣らされてしまっただけで思春期の自分にとって決して快適ではなかったわけで。
野球から帰った子どもたちをシャワーに送り出すと、お風呂場から顔だけ出して「おかーさーん!着替えドアの外に置いといてねー!」と叫ぶ声に教育の成果を感じる初夏なのでした。
著者 開く閉じる