新宿・歌舞伎町の名店店主がラーメン起業するまでの道のり (1/3) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

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新宿・歌舞伎町の名店店主がラーメン起業するまでの道のり

連載「ラーメン名店クロニクル」

MANNISHの塩生姜らー麺は一杯850円。唯一無二だ(筆者撮影)

MANNISHの塩生姜らー麺は一杯850円。唯一無二だ(筆者撮影)

 日本に数多くあるラーメン店の中でも、屈指の名店と呼ばれる店がある。そんな名店と、名店店主が愛する一杯を紹介する本連載。交通事故による大ケガに打ち勝って唯一無二の塩生姜ラーメンを作り上げた店主の愛する一杯は、新宿のど真ん中でブレイクを果たした女性店主の作る焼きあご塩ラーメンだった。

【写真】新宿・歌舞伎町で人気のラーメンはこちら!

■実家の町中華をコロナ禍が直撃 両親の店を引き継ぎ新店オープン

「塩生姜らー麺専門店MANNISH(マニッシュ)」。あっさりとした塩スープに熊本産の生姜をたっぷり合わせた上品な一杯は、コアな男性客だけでなく女性客からも支持を集める。2016年に神田でダイニングバーの昼営業としてオープンし、現在3店舗を展開している。
塩生姜らー麺専門店 MANNISH 浅草店/〒111-0043 東京都台東区駒形1-9-9/11:00~18:00/筆者撮影

塩生姜らー麺専門店 MANNISH 浅草店/〒111-0043 東京都台東区駒形1-9-9/11:00~18:00/筆者撮影


 店主の柴田和(やまと)さん(41)は東京・浅草の出身で、実家は町中華「麺駒」を営んでいた。柴田さんにとってラーメンは幼い頃からごく日常のものだったが、高校時代に食べた「らーめん 弁慶」の背脂ラーメンに衝撃を受け、ラーメン修行の道に。

 数々の名店を渡り歩き、いよいよ独立を考えていた33歳の時、交通事故でトラックに跳ねられてしまう。片足を失う可能性もあった大事故で、運動障害で厨房に立つのも難しい状態だった。

 ラーメンの道を諦めかけた柴田さんに、内神田でダイニングバーをやっている友人から、店の空いている昼間の時間にラーメン店をやらないかと誘いを受ける。こうして生まれたのが「MANNISH」だ。
MANNISHの塩生姜らー麺は、「桑ばら」の塩ラーメンと「我武者羅」の生姜醤油ラーメンからヒントを得て味作りをした(筆者撮影)

MANNISHの塩生姜らー麺は、「桑ばら」の塩ラーメンと「我武者羅」の生姜醤油ラーメンからヒントを得て味作りをした(筆者撮影)


 店が軌道に乗るとともに足の怪我も快方に向かい、「MANNISH」は順調に売り上げを伸ばしていた。店舗も増え、順風満帆と思われた。しかし柴田さんには一つ気がかりなことがあった。実家の町中華「麺駒」である。

 新型コロナウイルスの影響で、浅草エリアには観光客がいなくなり、「麺駒」の売り上げも大打撃を受けていた。両親は高齢で、店がヒマになったことで気も滅入っていた。あと2年は続ける予定でいたが、昨年12月に閉店を決断。同月をもって閉店した。

 柴田さんは、このまま「麺駒」が取り壊されて、他の店が入ることが耐えられなかった。自分のラーメンの原点ともいうべき場所を守りたいと、「麺駒」の外装や内装をそのままに「MANNISH」の支店を開くことを決意。こうして今年1月、「MANNISH 浅草店」がオープンした。
MANNISH店主の柴田和さん。事故を経て、今や都内にラーメン店を多店舗展開している(筆者撮影)

MANNISH店主の柴田和さん。事故を経て、今や都内にラーメン店を多店舗展開している(筆者撮影)


「両親のやっていた町中華とは違う形ですが、同じ場所でラーメンを振る舞うことで少しでも親孝行になればと思いました。この地でやることに意義があるんです。コロナで潰れたと言われたくないですからね」(柴田さん)

 柴田さんは両親の思いも背負いながら、これからもラーメンを提供し続ける。そんな柴田さんの愛する一杯は、怪我のリハビリ中に出会った笑顔の店主が作る、焼きあご塩ラーメンだった。


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