働き方改革や新型コロナの感染拡大の影響で、働き方が多様化している。これからの時代、どんな視点を持って働けばいいのか。作家・楠木新さんがアドバイスする。AERA 2023年3月27日号の記事を紹介する。

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 僕は「管理職になりたくない」「昇進したくない」という人は、実はごく少数ではないかと思うのです。声をかけられるということは、評価されているということ。それは、やはりうれしいことですから。家庭の事情などに左右されますが、拒否しなくてもいいのではないかと感じています。

 一方で、経済の矢印がなかなか上向かない昨今、管理職への気持ちが萎えていくことは、理解もできます。組織の活力は、現時点での収入の多寡よりも、これから上昇していくという向上感のある時にこそ高まるものです。今はリーダーになっても充実感はなく、ただ徒労感だけが残ると考えているのかもしれません。

 私は大学卒業後に生命保険会社に入りました。成長することが前提にあった時代。営業成績をあげようと夢中で仕事をこなし、支社長や関連会社の労務担当部長を経験しました。管理職になった時には、それまでとは違う景色が見えたような気がしたものです。刺激的で、とても楽しかったですね。

 でも、40代半ば以降は先も見えてしまった。15年後の自分を想像して、このまま働いていていいのかな、と迷いが生じました。その前後に、実父が亡くなったことや、阪神・淡路大震災が起きて、生まれ故郷である神戸で多くの人が犠牲になったことなどもあり、会社の仕事中心に生きることに疑問を持ちました。47歳でうつ状態になり休職。職場では平社員に降格となりました。

 何のために働くのか。休職中も復職後も考え続け、周囲に話を聞き始めました。それを元に、勤務の合間に著述業を始めたのは、50歳の時です。不思議なことに新たなことを始めると仕事もうまく回り始め、心もすっかり元気になっていきました。

 今後は年功序列の給与は維持できず、働き方の多様化も進んでいく。だからこそ私は、「もう一人の自分」を持つことをお勧めしています。副業とまで言えなくていいのです。子どもの頃に好きだったことなどからやりたいことを抜き出し、主体的に取り組んでみる。そうすると、仕事との相乗効果が生まれ、生きがいを見失うこともなくなるでしょう。これからの時代に働く人にとって大切なことだと思います。

(構成/編集部・古田真梨子)

AERA 2023年3月27日号