映画「探偵マリコの生涯で一番悲惨な日」(2023年公開予定)の撮影現場で(撮影/篠塚ようこ)
映画「探偵マリコの生涯で一番悲惨な日」(2023年公開予定)の撮影現場で(撮影/篠塚ようこ)

 芸人・漫画家、矢部太郎。佐藤さんや鈴木さんには理解していただけないかもしれないが、同じ苗字の筆者は矢部という名字の人と会うと、こそばゆい。あまり多い名字じゃない者同士だからだと思う。クラスに矢部さんがいたこともないし。という話を、初対面の矢部太郎にしたところ、「僕は、あります」と小さい声で返ってきた。そんな感じの全編だ。(文・矢部万紀子

【写真】「探偵マリコの生涯で一番悲惨な日」には矢部太郎役で出演

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 10月21日に発売された矢部太郎(やべたろう)(45)の最新刊『楽屋のトナくん』は、動物たちが主人公。サルのアーコ、スカンクのポール、ラッコのらっ子師匠……。動物園に所属する彼らの、楽屋の日々が描かれる。

『大家さんと僕』『ぼくのお父さん』を描いてきた矢部にとって、初めての「僕」も「ぼく」も登場しない漫画。とはいえ主人公トナくんはトナたろうだからトナカイの太郎で、優しくまじめで内省的な性格とくれば、どうしても矢部と重なる。

「そう読んでいただいてもありがたいのですが、もうちょっと何か、僕の中で何年もかけて沈殿して、抽象化されたというか、普遍化されたというか、そういうものを描いています」

 誰もが持つ悩みのようなものを入り口に描いている、と矢部。だからだろう、女優・江口のりこは帯に、こんな感想を寄せている。

<中年の私に響く、笑えて、寂しい、変な漫画>

 らっ子師匠と、その弟子らこ助&小らこのお話を紹介する。兄弟子・らこ助は完璧に師匠をサポートするが、笑いをとるのは弟弟子・小らこ。結局、らこ助は引退を選ぶ。引き留めるトナたろうに、らこ助は「才能」について語り、去る。トナたろうの心の声。<らこ助さんは もう戻ってこない たしかなものなんてなくて いつまでも変わらないものもない でも… だから… 前をむいていくしかないんだと思います きっとどこにもないから いつもの楽屋なんて>

 生々流転(しょうじょうるてん)。週刊誌「モーニング」の連載時、ここを読んでこの言葉が浮かんだ。すると8月末、『楽屋のトナくん』発売を告知する矢部のツイッターが。

<誰にでもきっとある大切な場所で続いていく日々のお話です。はじめて終わらないマンガを描いています。第一巻ですが、最終巻でもいい! そんな気持ちです。日々とはそういうものだと思うからです>

■入江君に誘われて入った お笑いの世界に迷い込む

 矢部に会い、我が意を得たりと「生々流転」を語った。返ってきたのは、「1巻だけど最終巻くらい(の作品)だと言いたくて、それだけだと宣伝っぽいので、いろいろ文章を足したんです」。

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矢部万紀子

矢部万紀子

矢部万紀子(やべまきこ)/1961年三重県生まれ/横浜育ち。コラムニスト。1983年朝日新聞社に入社、宇都宮支局、学芸部を経て「AERA」、経済部、「週刊朝日」に所属。週刊朝日で担当した松本人志著『遺書』『松本』がミリオンセラーに。「AERA」編集長代理、書籍編集部長をつとめ、2011年退社。同年シニア女性誌「いきいき(現「ハルメク」)」編集長に。2017年に(株)ハルメクを退社、フリーに。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』『美智子さまという奇跡』『雅子さまの笑顔』。

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