もりおか・よしゆき/1974年生まれ。東京・銀座で「1冊の本を売る書店」の森岡書店を営む。著書に『荒野の古本屋』(小学館文庫)など
もりおか・よしゆき/1974年生まれ。東京・銀座で「1冊の本を売る書店」の森岡書店を営む。著書に『荒野の古本屋』(小学館文庫)など

 読書の秋、現実から離れて、本の世界に入り込んでみませんか。読書を愛する読書を愛する人たちは、どんな本を読んでいるのでしょう。森岡書店代表・森岡督行さんがおすすめする「没入できる本」を聞きました。2022年11月14日号の記事から。

【画像】森岡さんオススメの「没入できる本」はこちら

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 昨年、島根県にある小泉八雲記念館に行きました。八雲(ラフカディオ・ハーン)の手書きの原稿が展示されていたのですが、あまりに文字が丁寧できれいすぎてはいないかと気になりました。原稿の文字はカリグラフィのようで、これは人に見せることを前提とした原稿だと思ったんです。ではそれは誰かと考えると、妻の節子さんだろうと。それに気づいた後に『怪談』を読み返してみると、怪談という体裁をとって八雲が「あなたをどれくらい愛しているか」を伝えたラブレターだと思ったんです。そこから没頭して読みました。「おしどり」なんかはまさにラブレター。ぜひ、『怪談』の中のラブレターを探して読んでください。

 森岡書店では、基本的に1週間に1冊の本を選んで売るのですが、毎年夏には戦争に関する本を選びます。昨年は、戦争を描いているアーティストに、映画監督の大川史織さんがインタビューした『なぜ戦争をえがくのか』を販売しました。本の中に、漫画『ペリリュー』を描いた武田一義さんがいました。武田さんと対談をする予定があったので、読んでみたらもう没入。武田さんが描く愛くるしい絵でどんどん読んでしまうのですが、太平洋戦争末期のペリリュー島で起きていた日米兵士の殺し合いの様は地獄の底のふたが開いたようでした。軽い気持ちで読んで重く落ち込む。二度と起きてほしくないと思いつつ今も地球のどこかで行われているだろうという予感と恐れがあります。

■手の表情で人を表現

 木村伊兵衛(いへえ)の写真は、どう見たらいいのか分からなくもありました。けれどもジャーナリストの武野武治(むのたけじ)さんが、木村伊兵衛の『街角』という写真集の解説で、木村伊兵衛はたくさんの人物の写真を撮ったけれども、一貫して特徴づけたものは「手」であると、本人から聞いたと書いているんです。それを読んでからこの『僕とライカ』を見ると、あらゆる場面で木村伊兵衛は「手」を撮っていることが分かるんです。手の表情でその人を表現しようとしている。「闘っている人」として、武野さんも撮っているんですが、武野さんは手を隠している。それがまたいいんですね。

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