AERA2022年11月14日号より
AERA2022年11月14日号より

『ノルウェイの森』は、37歳の主人公が20歳のときのことを振り返るところから始まります。最初に没入して読んだのが、まさに20歳のとき。とても生きづらさを抱えていました。外濠公園を歩きながら読んだり、中央線の中で読んだりしたのですが、そうやって読んだ記憶は忘れがたいものがあります。当時の言葉で言ったら、自分探しだったのかもしれません。その後、何度か読み返しましたが、理解の仕方や、感じ方が変わっていました。うまく言葉にできないのですが、初めて読んだ20代の自分に、その生きづらさも世界であり、その生きづらさを中和してくれたのは、その小説なんだと教えてあげたい気持ちです。

 世の中にはいいことと悪いことがあって、世の中の矛盾や悪いことの方を考える傾向が自分にはあったのですが、あるときから、いいことや素晴らしいことの方に気持ちをつなごうと切り替えたんです。その端境期に影響を受けた一冊が谷川俊太郎さんの『生きる』です。生きているというのは「くしゃみすること」だったり「ミニスカート」であったり、「笑える」ことだったりする一方で、「怒れる」ことだったり、「どこかで兵士が傷つく」ことだったりと、矛盾があることをちらつかせる。矛盾があるけれども、身近なことに豊かさがあるということ。世界には善悪や明暗と相反するものがあり、人はその二つを認識してしまう。それなら私は「善」や「明」を選ぼうと思ったんです。

(構成/編集部・大川恵実)

■忘れがたい本の記憶

妻へのラブレター

『怪談』/ラフカディオ・ハーン/光文社古典新訳文庫

激戦を漫画で描く

『ペリリュー 楽園のゲルニカ』/武田一義、平塚柾緒・原案協力/白泉社

『僕とライカ』/木村伊兵衛/朝日文庫

『ノルウェイの森』/村上春樹/講談社文庫

『生きる』/谷川俊太郎・詩、岡本よしろう・絵/福音館書店

AERA 2022年11月14日号