ミッドタウンの高層ビルの谷間で一息。ブライアントパークのカフェはニューヨーカーの憩いの場所(写真/筆者提供)
ミッドタウンの高層ビルの谷間で一息。ブライアントパークのカフェはニューヨーカーの憩いの場所(写真/筆者提供)

 先生はAmyという元気のいいアメリカ人の女性。クラスは日本人、チリ人、ウクライナ人、ベネズエラ人の全部で8人。早速、自己紹介が始まり、

「My name is Tomoko」

 と話すと、先生はほほ笑みながら、ちょっと強い口調で、

『もう一度、Tomokoって発音して』

 と言った。

 しぶしぶ、

「My name is Tomoko」

 と繰り返す私に、先生は、

『TomokoのTはね、こう発音してみてね』

 Amy先生は、顔を床に斜めに向けて、

『Tはね、地面に強くつばを吐くつもりで言って!』

 え? つばを吐く? 地面に? 頭はクエスチョンマークだらけだった。そして、なんど繰り返しても、先生は納得しない。

『もっと激しく、もっと下品に、もっと汚く、口のなかのつばを全部出すつもりで!』

『マイ ネーム イズ “トうゅっ”もっこっ』

 ひらがなでどう書いても正しく再現できないが、口の中のすべてのつばを下品に吐くつもりでTを発音してみた。その瞬間、Amy先生は満面の笑みに変わった。

「そう! TomkoのTは、それよ! エクセレント! You gotta it!」

 Amy先生はそう言いながら立ち上がり、みなに大きな拍手を求めた。ミュージカルのカーテンコールみたいだ。50歳の春。ただ名前が言えただけで拍手をもらうのはいたたまれない。このとき、わたしは実感した。長年、英語が話せるつもりだったが、TomokoのTでさえ発音が間違っていたのだと。そのあと全員で、Tomoko(“トうゅっ”もっこっ)、Tokyo(“トうゅっ” ォきょおー)と、Tの反復練習が続いた。

 他の生徒にもそれぞれできない発音があった。スペイン語を話すベネズエラのワンディは黄色いすてきなワンピースを着ていたが、Yellow(イエロー)を発音できなかった。なんど言っても『ジェロー』となってしまう。スペイン語ではYはJと発音するらしい。文法が正しくても、YがJになると、Youも「ジュー」になってしまい深刻だ。ウクライナ人のエリザベスにも発音できない音があった。

 その後、Amy先生から30以上の正しい発音を習った。舌の位置、唇の形、息の出し方。アメリカ人なら乳幼児で習得するのに、英語の発音ってこんなにたくさんあるんだと「目からウロコ」だった。多分、コロンビア大学の一般の授業とは異なる種類の満足感があった。これぞ留学しなければ受けられない機会。最近、日本でも小学校で英語の科目が始まった。自信を持って話すためには、絶対に発音の授業が必須だと感じた。

 授業の終わり、Amy先生はこう語った。

「それぞれの言語には固有の美しい音がある。英語を話すときにその美音を崩してしまう。みなさんが持つ美しい発音を絶対に忘れないでね。だけど、英語を話すときは正しい音で話すように! はい、もう一度、つばを下品に床に吐きながらーーー。Tokyo(“トうゅっ” ォきょおー)、Tomorrow(“トうゅっ”モールょうー)、Tomoko(“トうゅっ”もっこっ)!」

 Amy先生の厳しい授業を受けながら私は誓う。この講座が全て終わったら、胸を張ってカフェに行き、そして大声で注文しよう!『Earl Grey,please!』

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