“美女と野獣”のロマン

 さて、ここで気になるのは、たくましいネアンデルタール人男性とたおやかなクロマニヨン人女性が恋に落ちたか、逆にひ弱な(もちろん比較の問題だが)クロマニヨン人男性が野性的なネアンデルタール人女性と結ばれたかという問題である。

 母系遺伝のみで伝わるミトコンドリアDNAで見た場合、現生人類とネアンデルタール人はかなり違っているので、ネアンデルタール人の遺伝子を受け継ぐヨーロッパ人やアジア人では「母方はクロマニヨン人で父方はネアンデルタール人」というパターンが考えられる。一方では、より多くの異性を求める性格は男性にこそ顕著なので、その逆も当然あったかもしれない。我々の遠い先祖が“美女と野獣”だったのかも……というのは少しロマンをかきたてられる。

愛に言葉はいらない

『美女と野獣』は18世紀フランスの女性作家ジャンヌ=マリー・ルプランス・ド・ボーモン(Jeanne-Marie Leprince de Beaumont)が編集したフランス民話集にある話の一つで、ここに出てくる野獣の姿は、版により猪だったりだったり狼だったりする。日本でも『宇治拾遺物語』から『遠野物語』まで蛇婿や猿婿、『南総里見八犬伝』の犬婿、遠野の「オシラサマ」の馬婿、『夕鶴』など異類婚姻説話があるし、中国の『聊斎志異』は動物のみならず、牡丹や菊など植物の精(花妖)との恋愛譚が登場する。

 民話伝説はともかく、現実的な最大の問題は、ネアンデルタール人の喉頭の構造が複雑な言語を操るには未発達で十分な意思の疎通ができたのかどうかという点である。ただ、この点も「愛に言葉はいらない」のかもしれない。

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早川智

早川智

早川智(はやかわ・さとし)/1958年生まれ。日本大学医学部病態病理学系微生物学分野教授。医師。日本大学医学部卒。87年同大学院医学研究科修了。米City of Hope研究所、国立感染症研究所エイズ研究センター客員研究員などを経て、2007年から現職。著書に戦国武将を診る(朝日新聞出版)など

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