■時間必要な業績評価

 事績には光と影がある。

 確かに安倍氏は、憲政史上最長の8年8カ月にわたり首相を務めた。だがその政策の評価は定まらず、「森友・加計・桜を見る会」をめぐる問題では政権を私物化した疑惑が拭えない。加えて、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)との関係も明らかになってきた。こうしたことから、安倍氏が巨額の国費をかける国葬にふさわしい人物なのか疑問視する声は強い。

「森友、加計、桜を見る会に加えて旧統一教会との関係など問題がうやむやにされたまま税金を使って国葬にするなんて。国民をバカにしている」(57歳、自由業、女性)

 高千穂大学の五野井郁夫教授(政治学)は、岸田首相が国葬の根拠に安倍氏の業績を挙げた点に疑問を呈する。

「政治家の評価は、特別な例を除いて20年、30年近く経てようやく定められます。特に外交面ではすぐに評価が出るものではありません。今回、安倍元首相を『民主主義擁護のリーダー』とする論調もありました。しかし、日本は国際政治においてアメリカのような覇権国ではなく、覇権国を支える強国の一つに過ぎません。それを『リーダー』というのは誇張しすぎ。安倍元首相の業績を国葬の理由に挙げるのであれば、客観的評価をしっかり行い、法律もつくった上で行うべきだと思います」

 今回のように政治決定と市民感情がズレるのは、「党内政治の産物」という見方がある。岸田首相が国葬を決めたのは自民党内の政治力学の中でベストな選択をしたのではないか、と五野井教授は見る。

「しかし、政治の正しき道は、死者ではなくていま生きている人を救うことです。コロナ禍で貧窮している人はたくさんいます。アメリカのバイデン大統領は、連邦学生ローンの借り手を対象にした大規模な救済策を決め、約2千万人の借金を帳消しにする決定をしました。1人当たり1万ドル(約140万円)です。岸田首相が『聞く力』を掲げるのであれば、困っている生者の声を聞いて、応えていくのが岸田首相に期待される政治の役割だと思います」(五野井教授)

(編集部・野村昌二)

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