次に到来した初代キリスト教会の時代においても、労働は歓喜の泉とはみなされなかった。だが、その労苦に甘んじることを、神様は良しとされると考えられた。続く中世においては、「労働の中の観想」を信仰生活の軸とする修道院の姿が、俗世においても労働との向き合い方の基本となった。

 そして近代に入ると、経済学の生みの親であるアダム・スミスが労働は労苦だとし、それに人々が前向きに取り組むには高賃金が必要だと論じた。これに対して、カール・マルクスはまともな環境の下で行われる労働は人間にとって喜びであるはずだと言った。そこに向けて、資本主義的搾取から労働を解放すべし、と説いた。

 今の日本の「21世紀の労働」は低賃金に甘んじている。それなのに、労働を労苦と思わず、そこに自己実現と承認欲求の充足を見いだして喜べ、と言われている。そのようなアドバイスがネット上に溢(あふ)れている。この状態から、日本の「21世紀の労働」を解放しなければならない。

浜矩子(はま・のりこ)/1952年東京都生まれ。一橋大学経済学部卒業。前職は三菱総合研究所主席研究員。1990年から98年まで同社初代英国駐在員事務所長としてロンドン勤務。現在は同志社大学大学院教授で、経済動向に関するコメンテイターとして内外メディアに執筆や出演

AERA 2022年9月5日号

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浜矩子

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浜矩子(はま・のりこ)/1952年東京都生まれ。一橋大学経済学部卒業。前職は三菱総合研究所主席研究員。1990年から98年まで同社初代英国駐在員事務所長としてロンドン勤務。現在は同志社大学大学院教授で、経済動向に関するコメンテイターとして内外メディアに執筆や出演

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