道に魅せられるきっかけは、人それぞれだ。エッセイスト・酒井順子さんの場合は本からだった。AERA 2022年8月8日号で、酒井さんが思いを語ってくれた。

【写真】今こそ乗っておきたい地方鉄道10路線を写真で紹介!(全13枚)

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 中学生の時、宮脇俊三さんの『時刻表2万キロ』を手に取りました。父が買ってきたのを、本当にたまたま。「鉄道に乗ればどこへでも行けるんだ、こんな世界があったんだ」と感動しました。それから、内田百けん(「けん」は、もんがまえに月)の紀行『阿房列車』シリーズなども次々に読むようになった。私の鉄道好きは本からでした。

 ただ、自分も鉄道で旅をしてみたいと思いながら、周りの友人を誘えるわけもなく、1人で行くのもなんだか怖くて、やっと足を踏み出せたのは高校最後の春休み。卒業式が終わって大学に入学する前のタイミングで、金沢に出かけました。本で憧れていた世界に飛び込んだわけですが、実はそんなに楽しくなかったんです。3月の金沢に女子高生が1人で行っても、誰と会話が生まれるわけでもない。孤独をかみしめていました。

 鉄道の旅が楽しいと思い始めたのは、社会人になってから。出張で自分では選ばない場所に出かけることが多くなると、「日本にはこんなところがあるのか」と火がつきました。多少大人になって旅の能力も向上し、一人旅を楽しめるように。

 ゴトゴトと揺れる列車に身を預けている感覚が好きです。「胎内回帰」と私はよく言っていますが、いろいろなことを頭から締め出し、ひたすら変わりゆく景色を眺めている。寝てしまうことも多いんですが、その自由さも鉄道の魅力だと思います。

 プライベートではほとんど一人旅。でも、つい先日、友人と鉄道旅に出かけたんです。北海道の支笏湖で集合し、1泊目は温泉に入って、翌日は南千歳から根室線で帯広まで。夏の北海道の景色を堪能しました。友人は鉄道ファンではなかったのですが、喜んでくれると「ね、そうだよね」と自分の手柄のようにうれしくなって、こういうのも楽しいなと新たな発見でした。

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