photo (c) 2021 Luzzu Ltd
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 マルタ島でルッツと呼ばれる小舟に乗り、昔ながらの漁をする青年ジェスマーク。不漁で収入が減っているが、海底を壊すトロール漁を拒否している。しかし幼い息子に発達の遅れがあるとわかり、ある決断を迫られる──。連載「シネマ×SDGs」の11回目は、島にルーツを持つアレックス・カミレーリ監督が本物の漁師を起用してリアルに描いた『ルッツ 海に生きる』について話を聞いた。

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 両親がマルタ出身で子どものころから夏休みを島で過ごしていました。でもルッツや漁については何も知らなかった。実は釣りに行ったこともなかったんです(笑)。

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 しかし、主演となる漁師ジェスマークに会った瞬間、魔法が起こりました。その日に彼と従兄弟(いとこ)のデイヴィッドに漁に出てもらい、「セリフではなく自分の言葉で好きにやってみてください」とカメラをまわしたんです。昔ながらの漁で海を守ろうとする思いや、EUの政策で禁漁時期が決められたメカジキをつらい表情で海に戻す様子など、彼らのやりとりをそのまま映画のシーンに使いました。

photo (c) 2021 Luzzu Ltd
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 なにより撮影中、海にカメラを向けようとしても、カメラがジェスマークに吸い付いたように離れないんです。まさに偉大な俳優が持っている磁石のような力でした。

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 本作はドキュメンタリーではないですが、かなりリアリティーを追求しています。ジェスマークら若い漁師はみな、伝統を守るのか子どもの未来を守るのかに悩んでいる。それはアメリカに移住した僕の両親が僕にマルタ語を教えなかったことにもつながる。さらに地球温暖化の弊害や大企業の市場独占など、世界中で起きている問題はマルタでも起きています。もちろん我々はこれらを一夜にして解決できるわけではないけれど、映画を見た方に何かを考えてもらえればうれしいですね。

アレックス・カミレーリ監督(Alex Camilleri)/1988年、マルタ島出身のアメリカ人。イタリアのネオレアリズモ映画を愛し、本作が長編監督デビュー作。新宿武蔵野館ほか全国順次公開中 (c) 2021 Luzzu Ltd
アレックス・カミレーリ監督(Alex Camilleri)/1988年、マルタ島出身のアメリカ人。イタリアのネオレアリズモ映画を愛し、本作が長編監督デビュー作。新宿武蔵野館ほか全国順次公開中 (c) 2021 Luzzu Ltd

 映画の結末は正直迷ったんです。この大きな決断をするのが怖かった。でもジェスマークに自分を重ねました。人生には勇気を持ってそれをすべきときがある。僕自身も本作を撮ったことで、ニューヨークよりマルタ島でこそ自分にできる役割がある、と気づきました。我々は誰でも人生に「なかなか手放せない大切なもの=ルッツ」を持っているのだと思います。(取材/文・中村千晶)

AERA 2022年7月4日号