上村亘と藤井聡太の2回目の対局。藤井は終盤で香を短く打つ驚愕の妙手などを見せ、熱戦を制した。しかし途中までは上村がリードして、五分以上に渡り合っていた
上村亘と藤井聡太の2回目の対局。藤井は終盤で香を短く打つ驚愕の妙手などを見せ、熱戦を制した。しかし途中までは上村がリードして、五分以上に渡り合っていた

 AERAの将棋連載「棋承転結」では、当代を代表する人気棋士らが月替わりで登場します。毎回一つのテーマについて語ってもらい、棋士たちの発想の秘密や思考法のヒントを探ります。渡辺明名人、森内俊之九段(十八世名人資格者)、「初代女流名人」の蛸島彰子女流六段らに続く14人目は、「将棋界初の慶應義塾大学卒の棋士」の上村亘五段です。発売中のAERA 2022年5月2-9日合併号に掲載したインタビューのテーマは「印象に残る対局」。

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 デビュー以来、おそるべき勢いで勝ち続ける藤井聡太竜王(19)。その藤井がわずかに有利な先手番を持って初めて敗れた相手の棋士は誰か? わかれば相当な棋界通である。答えは上村亘だ。


「実は藤井戦はけっこう、研究しやすいんです。藤井さんは、相手の得意戦法を堂々と受けて立ってくる。相手によって手を変えず、スタイルは決まっている。自分の中で課題があって、次々積み重ねていくタイプだと思います。相手からすると的がしぼりやすく、想定しやすい。だから研究にもモチベーションが上がるところはあります」

 2017年の銀河戦(テレビ放映の早指し戦)。後手番を持った上村は得意の横歩取りに誘導し、完勝を収めた。

「初手から最終手まで最善級の手を積み重ねることが出来て、結果を出せました。そうでなければ絶対勝てないと思い、普段に増して根を詰めて研究したので嬉しいです」

 上村は当時、ツイッターにそう記した。時を経て20年王位戦挑戦者決定リーグでの対戦。今度は藤井が勝った。

「藤井戦は1勝1敗なんですけど、勝った将棋より負けた将棋のほうが記憶に残っています。その将棋のほうが充実感があったのは自分でも不思議です。異次元空間のような、何かそういうところにいたような気がするので。負けたけど、いま思うと会心に近い将棋でした。藤井さんに勝った将棋も会心でしたけど」

かみむら・わたる/1986年12月10日生まれ。35歳。東京都中野区出身。2012年、25歳で四段、慶應義塾大学塾長賞受賞。同大学理工学部卒。19年、五段。趣味は野球、登山。棋士モノマネの名手
(photo 写真映像部・戸嶋日菜乃)
かみむら・わたる/1986年12月10日生まれ。35歳。東京都中野区出身。2012年、25歳で四段、慶應義塾大学塾長賞受賞。同大学理工学部卒。19年、五段。趣味は野球、登山。棋士モノマネの名手 (photo 写真映像部・戸嶋日菜乃)

 藤井と上村の経歴は対照的だ。四段に昇段してプロ棋士の資格を得た年齢は、藤井は史上最年少の14歳。上村は養成機関の奨励会に14年在籍し、抜けたのは年齢制限ギリギリ、25歳のときだった。

「17歳で2級のときに一度、もうやめようかと思いました。もしその時やめてたら? 何してたんでしょうね(笑)。研究者か教員か。あるいは大学を出て就職していたか」

 上村は学究的な家庭に育った。父と弟は東京大学卒。父の豊は数学者(現・東京海洋大学名誉教授)だ。

「将棋は幼稚園の頃、アマ四段の父に教わり、家族で指していました。父が数学者ということもあって、私も学校の勉強では数学が一番好きで。詰将棋が好きなのも、答えがあり、全てが最善手でできているというところです」

(構成/ライター・松本博文)

※発売中のAERA2022年5月2-9日合併号では、上村亘五段が政治学者の弟のことや、将棋と勉強の両立の難しさについても語っています。

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松本博文

松本博文

フリーの将棋ライター。東京大学将棋部OB。主な著書に『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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