パラマウントベッドと共同開発した排泄ケアシステム「Helppad」。ベッドに敷くだけで排泄を検知し、介護者に通知する(撮影/写真部・東川哲也)
パラマウントベッドと共同開発した排泄ケアシステム「Helppad」。ベッドに敷くだけで排泄を検知し、介護者に通知する(撮影/写真部・東川哲也)

 短期集中連載「起業は巡る」の第2シリーズがスタート。今回登場するのは、社会問題の解決を目指す若者たち。初回はIoTで介護に挑む「aba」代表取締役兼CEOの宇井吉美だ(33)。AERA 2021年11月15日号の記事の2回目。

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 これは起業後のボランティア時代の話だが、宇井にとって印象的なエピソードだ。

「おばあちゃん、ご飯の時間ですよ」

 ある日、そう言って宇井が食事を運ぶと、その場でベテランに諭された。

「あのね、ここに『おばあちゃん』って名前の人はいないの。あの人は○○さん。一人一人、名前があって、好みや癖も違う。一人一人とちゃんと向き合ってほしいの」

“当たり”を探る日々

 介護の仕事で圧倒的に大変なのは、排泄物の処理だ。高齢者1人につき、1日に少なくとも6回はある。寝たきりの場合、腰を持ち上げたり、体の向きを変えたり。赤ん坊とは体の大きさが違うので重労働だ。そこまでやっても、常に“当たり”とは限らない。何も出ていないと、かなりの徒労感がある。

 ある日、宇井の横にいた同僚がつぶやいた。

「ああ、オムツの中が見たいわあ」

 その瞬間、宇井の頭に何かが閃(ひらめ)いた。

「外から見えないものが見えれば、オムツ替えの空振りがなくなる。ううん、それだけじゃない。データをためて、一人一人の排泄のタイミングが予測できるようになれば、出る前にトイレに連れていける。トイレで排泄できるようになれば、高齢者も自信を取り戻す。分からないことを分かるようにする。それがテクノロジーか!」

 まずは「オムツの中を見る」ところから。宇井は排泄検知センサーの開発に着手した。自分一人では製品化できないので、いくつかの福祉機器メーカーに話を持ち込んだ。どこも「面白い」と提案に乗ってくれた。

 だがタイミングが悪すぎた。この年の3月、東日本大震災で日本の光景は一変した。協力してくれるはずだったメーカーも、それどころではなくなった。しかし、排泄検知センサーはどうしても開発したい。ここで宇井は面白い決断をする。

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