劇作家・演出家・俳優、岩松了。最近では、ドラマ「大豆田とわ子と三人の元夫」に出演するなど、名バイプレイヤーとしても活躍する岩松了。今も昔も、岩松が最も力を注ぐのが演劇である。書き下ろした戯曲は80本超。手掛ける演出は一切の妥協がない。岩松の作る舞台では、人間の持つ善も悪も邪な感情もあぶりだされていく。自分が面白いと思うことを貫く。AERA2021年10月25日号「現代の肖像」から。
【写真】役者たちの間で「岩松の千本ノック」と語り継がれる舞台稽古の様子がこちら この日は勝地涼と光石研が…
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いつからか役者たちの間では「岩松の千本ノック」と語り継がれ、恐れられるようになっていた。
この10月22日から始まる「いのち知らず」(本多劇場他)の舞台稽古においても、たしかに岩松了(いわまつりょう)(69)の演出は、容赦なかった。わずか3分ほどのシーンが何回となく繰り返され、台詞のテンポ、相手との関係性、感情の入れ方などに疑問符がつけられ、役者たちが導かれていく。「そこは感じるだけ、受けるだけで余計なことしなくていいですから」などと説きながら、役者の不自然な台詞や動きを見逃さず執拗に突いてくるのだ。
今回の「いのち知らず」を含めこれまで5本の岩松作品の舞台に立ち、岩松を「演劇の父」と崇(あが)める仲野太賀(28)は、17歳のときに、渋谷のシアターコクーンで初めて岩松の芝居に触れた。演目は「シダの群れ」。出会いをこう述懐する。
「いままで自分が見てきた演劇とは、明らかに放っている香りが違う、情緒が劇場内に充満しているという気がしたんです。ストーリーラインを理解するというよりも、台詞や状況の美しさといった演劇の奥行きにぐーっと引き込まれた。その日から僕の演劇熱が上がったんです」
仲野はすぐに岩松の次作品のオーディションを受け、飛び込んだ。いまや、若手俳優のトップを走る仲野があまたの出演依頼を縫ってでも岩松の舞台に立とうとするのは、そこに計り知れない魔力があるからだ。
「千本ノックとか言われてますが、千本打ったら千回芝居が変わるんです。“試してみたけどやっぱり違った”が岩松さんには基本的にない。“あ、もっといいことを思いついた”という感じなんです。だから、一回一回止められるたびに積み上がっていく。人間が膨らんでいく。毎度毎度こっちにも道があるんだ、こっちにも役としての可能性があるんだと広がっていくんですね。役者としては、ヒントだらけで、気づきが毎回あって、ものすごく面白いんです」