経済学者で同志社大学大学院教授の浜矩子さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、経済学的視点で切り込みます。
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東京オリンピックの開幕がすぐそこまで迫ってきている。どうも、本気でやるつもりらしい。この時を待ちわびてきた選手の皆さんには実に申し訳ないが、「開催」という選択は、到底、正気の沙汰とは思えない。
この間の経緯を改めて振り返れば、どうも、何とか、「今さら中止にできない」というタイミングに一刻も早くこぎ着けたいという構えで、事が運ばれてきたように思う。「後戻りは不可」のラインを駆け抜けてしまいたい。これが、大会関係者と政府与党の心理状態だったのではないか。
ここで頭に浮かぶのが、英語の“eyes wide shut”という言い方だ。普通は“eyes wide open”と言う。「目をしっかり見開いて」の意だ。それに対して、“shut”の方は「目をしっかり閉じ切って」ということ。揶揄(やゆ)的にもじった表現である。
見たくないものは見ない。都合の悪いことが迫ってきたら、力いっぱい目を閉じる。目あれど見ない状態で、大惨事に向かって突入していく。これが、“eyes wide shut”状態の人々のやり方だ。