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内田樹「暴走する政府と組織委 五輪有観客開催を強行するなら科学的根拠を」

連載「eyes 内田樹」

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哲学者 内田樹

哲学者 内田樹

 哲学者の内田樹さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、倫理的視点からアプローチします。

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 東京五輪有観客開催に向けて、政府と組織委の暴走が止まらない。パンデミックが終息にほど遠い状態で、大量の人口移動と接触機会の増大を伴う五輪開催は理性的に考えてあり得ない選択である。懸念されていた通り、海外から来日するアスリートや関係者たちの検査体制に著しく信頼性が欠けていることは先日のウガンダ選手団の感染事例から明らかになった。このような検査体制であれば、五輪会場や選手村や合宿所で感染が広がるリスクはきわめて高い。医療従事者は第4波対応とワクチン接種で疲労の限界にある。

 こんな状況での五輪強行は「ほとんど狂気の沙汰」である。後世の史家は「2021年の日本人は正気を失っていた」と書くだろう。

 それでも開催を強行しようとする以上、主催者側には主観的には合理的な理由があるはずである。それは何かが、私にはどうしてもわからない。

 五輪を開催しないと、どこかの国が軍事侵攻するとか、国土の一部を割譲しなければならないとか、国が傾くほどの賠償金を科せられるというのなら、わかる。それならたとえ感染爆発で百人・千人単位の死者が出ても、国としての算盤(そろばん)勘定は合うだろう。

 けれども、それ以外に国民の生命と健康を危険にさらしてまで五輪を開催する理由は見当たらない。政府の面子(メンツ)だの、IOCへの義理だの、スポンサー企業の利益確保だのということは理由にならない。ましてや「スポーツを通じて国民に勇気を」とかいうのは悪い冗談以外の何ものでもない。

 民主国家の政府が最優先に配慮すべきは国民の生命である。だから、副次的な要素をすべて削(そ)ぎ落として単純化すれば、問題は「五輪を開催することによって救われる命」と「それによって失われる命」とどちらが多いかということに尽くされる。

 開催を強行する根拠があるとすれば、それは「五輪開催で救われる国民の命」は「失われる命」よりも多いということについて政府も組織委もたしかな見通しを持っている以外にない。それなら話はわかる。では、その根拠となる科学的データをいますぐここに出して欲しい。

内田樹(うちだ・たつる)/1950年、東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。近著に『街場の天皇論』、主な著書は『直感は割と正しい 内田樹の大市民講座』『アジア辺境論 これが日本の生きる道』など多数

AERA 2021年7月5日号


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内田樹

内田樹(うちだ・たつる)/1950年、東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。近著に『街場の天皇論』、主な著書は『直感は割と正しい 内田樹の大市民講座』『アジア辺境論 これが日本の生きる道』など多数

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